2015/07/24

芭蕉の幻「行く春や鳥啼き魚の目は泪」

行く春や鳥啼(な)き魚(うを)の目は泪(なみだ)
松尾芭蕉

「おくのほそ道」には、この句に以下の前文がある。
弥生(やよい)も末の七日、明ぼのの空朧々(ろうろう)として、月は有明(ありあけ)にて光収まれるものから、富士の峰かすかにみえて、上野、谷中の花の梢、又いつかはと心細し。睦(むつ)まじき限りは宵より集ひて、舟に乗りて送る。千住という所にて 舟をあがれば、前途(せんど)三千里の思ひ、胸にふさがりて、幻の巷(ちまた)に離別の泪(なみだ)をそそぐ。
  (出典:伊藤善隆「芭蕉」>おくのほそ道>千住)

この前文にある「幻の巷(ちまた)」とは、何だろう。
「旅の生活」と比べて、芭蕉が定住した「江戸の暮らし」を儚いものと感じ、それを「幻の巷」としているのだろうか。
もう戻っては来れないかもしれないという「離別」の思い。
その思いにとらわれた芭蕉に、江戸の町は遠い昔の夢幻のごとく見えたのだろうか。

まだ見ぬ陸奥(みちのく)の地に、漠然とした不安と憧憬をいだきながら望む。
その立ち位置から振り返れば、江戸の暮らしは過ぎ去った時間。
芭蕉は、前へ進もうとしている。
俳諧の新境地を切り開くための旅立ちなのだ。
前方に、陸奥の地という未知の現実。
かえりみる江戸の暮らしは、過去の幻影としての「幻の巷」となるのかもしれない。

このとき芭蕉は四十六歳。
江戸を離れ、「おくのほそ道」の旅に向かう。
句は、舟に乗り合わせて千住まで見送ってくれた親しい人々に対する「別離の挨拶句」とされている。

前文で「前途(せんど)三千里」と表現しているように、苦難の長い道のりを辿ろうとしている旅人として、又いつかはと心細し」と、再び生きて江戸にもどることがあるのだろうかという「惜別の念」が、この句に込められている格好になる。

過ぎていく春とともに江戸を離れて行くことに、鳥は啼き魚は涙をながして別れを惜しんでいるというイメージ。
前文にあるように、まさに、離別の泪をそそぐ」だった。

そんなこの句の「シュール」な一面が美しい。
「行く春や」という現実が、「魚の泪」という超現実へ、スムーズに移行している。
この「行く春や」が、前文にある「幻の巷」と呼応しているように思える。
とすれば、「魚の目は泪」は何と呼応しているのだろうか。

「行く春や」は江戸・千住の現実。
「鳥啼き」は現実でもあり、夢の世界でもあるような。
句は、だんだんと「現実」から「幻」へとグラデーションを描き、私たちは水面下の「魚の目は泪」という幻の世界へ吸い込まれていく。
江戸の空から幻の水中へ。

それは、江戸の「現実」から「おくのほそ道」の「幻」へと、句を読むものを誘導する。
芭蕉にとって江戸の「現実」は、過去の「幻の巷」となった。
そして、「おくのほそ道」の地が次第に新たな「幻」として現実味を帯びてくる。
それは、「創作世界」として現実味を帯びてくるということでもあると思う。

「おくのほそ道」で確立したとされている蕉風俳諧の新境地。
「不易流行の論理」と「かるみの境地」。
世間の人々は、風狂俳諧師が酔狂な長旅に出ると思っていたことだろう。
そういう世間は「幻の巷」として芭蕉のはるか後方にある。
「不易流行の論理」と「かるみの境地」が、新しい「幻(創作世界)」を現出させるに違いないという芭蕉の思い。

「鳥啼き」は、「現実」への別離のこと。
「魚の目は泪」は、新しい「幻」の世界への旅立ち。
それは、過ぎ去った「幻の巷」から前途(せんど)」の「幻(創作世界)」へと向かう「劇」のようでもある。

「行く春や・・・」の句の前文は絵画的で、「劇」の背景として鮮明な印象を与える。
別れを惜しみ寄り添う人々も背景となり、芭蕉がそこで独白する。
以下は私の勝手な空想。

「私は、過ぎていく春とともに旅に出る。
これまで、鳥の鳴き声を聞きながら旅路を歩んで来たように。
今回は、これまで以上に新しい世界に身を置き、新しい境地を得ようという覚悟である。
これが永遠の別れになるかもしれない。
まさに、別離こそが旅の始まりである。
そこには「魚の泪」の幻が見える。
その幻を追いかけて、私の旅がはじまるのだ。
おそらく、「幻(創作世界)」が現実となるまで私の旅は続くことだろう。」

この「別離の挨拶句」には初案があった。
千住で詠んだ句は、「鮎の子の白魚送る別れかな」であったという。
芭蕉が旅を終えて江戸へ戻り、「おくのほそ道」を著述・編集するにあたり、「矢立初めの句」を「行く春や鳥啼き魚の目は泪」に改めたらしい。
 ※矢立:筆と墨壺を組み合わせた携帯用筆記用具のこと。

ということは、芭蕉が「おくのほそ道」の旅から戻ってから、「おくのほそ道」旅立ちの句を作ったことになる。
そのことを考えると「魚の目は泪」という表現は、ある方向性を持って描かれたように思われる。
また、「魚の目は泪」は「新境地」であり、既存の世界(俳諧)は幻影(幻の巷)となったという芭蕉の宣言のようにも受け取れる。

芭蕉は「おくのほそ道」を著述・編集するにあたって、旅の土産物(新境地)を予めほのめかすために「行く春や鳥啼き魚の目は泪」を、「矢立初めの句」として配したのかもしれない。

なお芭蕉四十五歳の時、「おくのほそ道」以前の「笈の小文」の旅の終わりで、「蛸壺やはかなき夢を夏の月」という「シュール」な句を作っている。
儚い夢を見ている蛸の目が感じられる句である。
「笈の小文」での「蛸(の目)」。
それから約1年後の「おくのほそ道」旅立ちの句での「魚の目」。
「蛸(の目)」から「魚の目」へ。
それは「世間的現実」から、よりイメージを深める非現実(幻)を見ることへの、視点の移行であるのかもしれない。

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