2015/10/10

芭蕉の憧憬「此道や行く人なしに秋の暮」

病床にて「秋深き隣は何をする人ぞ」と自身の幻に語りかけた芭蕉だった。
それでもまだ旅(俳諧)をイメージして道を探し続ける。
この「秋深き・・・」の3日前に作った「此道や行く人なしに秋の暮」の「此道」のことを、芭蕉は考え続けていたのかもしれない。

此道(このみち)や行く人なしに秋の暮
松尾芭蕉

これは芭蕉の憧憬の句であると私は思う。
もう此の道を歩いて行けないかもしれないという、芭蕉自身の無念な思い。
此の道を行く人は誰もいないという落胆。
だが、歩き続けたいという芭蕉の憧憬が、無念や落胆を心の外へ追い出す。

そして芭蕉は、亡くなるまで俳諧(旅)の道を憧憬し続けた。
「此道」は自身の俳諧(旅)の道の延長であり、まだ歩いたことのない旅(俳諧)の道なのかもしれない。

芭蕉の俳諧は、ご覧の通り、素人の私が話題にしたくなるほど「扇情的」である。

芭蕉は、句を「劇」として演じているようにも思われる。
視線が動的で、躍動感のある句も多い。
そのような句が読者の感情を煽る。
読者が芭蕉の句に惹かれる所以ではないだろうか。
その扇情的な句が、晩年になって、次第に静寂な感じを帯びてくる。

「菊の香や奈良には古き仏達」
と現在と過去を対比させた静止画を描き。
その後に、「此道や行く人なしに秋の暮」と行く末を眺めて立ち止まる。
「秋深き隣は何をする人ぞ」と自身の来し方や過ぎ去った日々を思い起す。
臥床して、「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」と夢想する。

これらは芭蕉が、自身の「先」をイメージして作った句であるように思う。
その先が生であっても死であっても、その先には「此道」があることだろう。

現在と過去の対比や未来と過去の対比、あるいは未来と現在の対比。
そのように、時間を対比させた句を作ることによって、芭蕉は相対するものを劇的に対決させようとしているのではないだろうか。

その劇のなかに、芭蕉が憧憬し続けた「此道」が見えるようである。
  1. 「菊の香や奈良には古き仏達」では、「菊の香」=現在。「古き仏達」=過去。
  2. 「此道や行く人なしに秋の暮」では、「此道や行く人なし」=未来。「秋の暮」=現在あるいは過去。
  3. 「秋深き隣は何をする人ぞ」では、「「秋深き」=現在。「隣は何をする人」=過去であると同時に未来
  4. 「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」では、「旅に病んで」=現在。「夢は枯野をかけ廻る」=未来。
と、こう書くとあまりにも図式的すぎるだろうか。
しかし、この対比の図式が芭蕉の「劇」を解き明かしてくれるものと思っている。
それは、また後ほど。

さて、「此道や行く人なしに秋の暮」は、上記の図式的項目にあげた句を収束していると、私は思っている。
病状が重くなった芭蕉の思いの、まとめ的な役割を果たしている句が「此道や行人なしに秋の暮」なのでは。
そういう意味では「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」と並んで「此道や行く人なしに秋の暮」も、結果的に芭蕉の「辞世の句」と読めないこともない。

「此道」とは、もちろん芭蕉独自の俳諧の道。
その道を行く自身の姿を、もう見ることが出来ないかもしれないという無念のイメージ。
無念はやがて憧憬に変わる。

「秋の暮」は、この年の秋の暮であり、人生の暮でもあるような印象を持つ。

「行く人」とは芭蕉自身であり、芭蕉と志をひとつにした者のことかもしれない。
「行く人なし」となれば、また「此道」も消滅してしまう。

「秋深き」も人生の暮のように受け取れる。
「隣」とは、芭蕉が客観視した自身の姿ではあるまいか。
「何をする人ぞ」と自身の業績を振り返り、この先、何をするのだろうという感慨にふける。
そして、「行く人なし」が「夢」となって現れ、「此道」は「枯野」に変わる。

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

この世に放たれた芭蕉の句が、「此道」を歩き続けている。
それを見送る門人たちの「大団円」。
幕。

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