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2016/12/31

禅寺の松の落葉や神無月

宝井其角(たからいきかく)が序文を担当した蕉門の俳諧選集「猿蓑(さるみの)」。
その「巻之一 冬」は、松尾芭蕉の「初しぐれ猿も小蓑をほしげ也」で始まる。
「猿蓑」の書名は、芭蕉のこの句に由来している。

「巻之一 冬」は、芭蕉の冒頭の句から、向井去来(むかいきょらい)の「いそがしや沖の時雨の眞帆片帆」という十三句目まで「しぐれ」を題材としたもので占められている。
以前「カッコいい句である」と私が感じて記事にした「時雨るゝや黒木つむ屋の窓あかり」という凡兆の句は九句目に並んでいる。

2016/12/27

鶏の声もきこゆる山さくら

現代ではオオヤマザクラ(大山桜)という山桜の品種を、街でもよく見かける。
「山さくら」と言えば、江戸時代の頃は、山にある自然の桜の木のことを指していたらしい。
であるから、「山さくら」は山間部でなければ見ることができない桜であったようだ。

(にわとり)の声もきこゆる山さくら
野沢凡兆

2016/12/23

凡兆の計略?「秋風の仕入れたを見よ枯れ尾花」

「秋風」は秋の季語だが、「枯れ尾花」は冬の季語となっている。
季節の違うふたつの季語がひとつの句のなかに入っている。
これを「季違い」と称して、句をつくる上では避けるべきことであるとされている。
などという約束事やら技術めいたことやらは、俳句の実作者ではない私には、よくわからない。
観賞者である私は、句の言葉にあるイメージを感じ取るのみ。

2016/12/18

凡兆のナメクジの句(2)「あばらやの戸のかすがいよなめくじり」

あのナメクジ君が帰ってきた。
放浪の旅に疲れて帰郷し、今は、捨てた家に閉じこもって、戸の「かすがい」になっている。
かつての冒険少年が、夢破れて、引きこもりのニートになってしまったのか。
しかも、捨てた家は、ボロボロのあばら家と化した。

あばらやの戸のかすがいよなめくじり
野沢凡兆

凡兆のナメクジの句(1)「五月雨に家ふり捨ててなめくじり」

奇妙な動物だが、古くから人の日常生活圏に生息してきた生き物。
ちょっと前までナメクジは、地方では日常生活の周辺でごく普通に見られる生き物だった。
私が子どもだった頃の旧稲垣村(現つがる市)では、梅雨時に家の周辺でよく見かけた。

江戸時代には、ナメクジはヘビやカエルとともに、「三すくみ」のメンバーになっている。
三メンバーとも、ちょっとキモい存在のものばかり。
嫌われ者ではあったが、いろいろと話題に上がった「軟体動物」であったらしい。

2016/12/17

○○○サービス㈱を名乗る者からの架空請求詐欺のショートメール

怪しいショートメールが届く

今日、怪しいSMS(Cメール)が私の携帯電話に届いた。
私がショートメールを受け取ることは滅多にない。
ほんのたまに、仕事の連絡事項が届くぐらいである。
ショートメールの受信音が鳴ったとき、得意先の営業マンの顔が頭に浮かんだが、メールの内容は仕事とは別のものだった。

2016/12/14

朝露や鬱金畠の秋の風

朝露は消えやすいので、和歌の世界では儚いものの例えに使われてきた。
現代でも、「露と消える」という言い方をする。
夢が破れるとか、志なかばで倒れるとか、計画がとん挫するというような意味で使われている。

朝露や鬱金畠(うこんばたけ)の秋の風
野沢凡兆

2016/12/12

凡兆のけんか腰?「吹風の相手や空に月ひとつ」

夜の空にも、いろいろある。
満天の星空とか、雲ひとつない夜空とか。
満天の星空は、月の光が弱い新月の頃に現れる。
月の光が強い満月の頃は、星の姿が見えなくなる。
月が明るいと星の幽かな光は、月の光にかき消されてしまうのだ。
満月の夜は、金星などの強い光を放つ星しか見えない。

雲ひとつない夜空に満月と星が少々。
上空にも風があるものの、その風によって吹き飛ばされる雲は見当たらない。

2016/12/11

凡兆の技?「まねきまねきあふごの先の薄かな」

凡兆の句は、どうしてこんなにかっこいいのだろう。
私は、凡兆の句のかっこよさに魅かれて、凡兆の俳諧を読んでいる。
だが、そのかっこよさの理由を解明するだけの能力は、私には無い。
ただかっこいいと感じながら、句を読み進めているのだ。

まねきまねきあふごの先の薄(すすき)かな
野沢凡兆

2016/12/10

青森市内にあるラーメン店「まるかいらーめん」のオープンフェアの長い行列

謎の行列。
愛犬の散歩で、アスパムへ行ったら、向かい側の歩道に長い行列ができていた。
いったい何の行列?
有名人の青空サイン会?

砂よけや蜑のかたへの冬木立

蜑(あま)とは、海で魚や貝を採ったり、塩を作ることを仕事とする人のこと。
漁師とか漁夫の意。
テレビや映画の時代劇で、江戸時代の商人や大工や農夫の姿は多く見かけるが、漁師はあまり見ることがない。
江戸時代の漁師の暮らしについて無知であることは、漁師の周辺を題材とした俳諧を読む上で妨げになるであろうか。

2016/12/08

鷲の巣の楠の枯枝に日は入りぬ

句の前書きに、「「越(こし)より飛騨へ行くとて籠(かご)の渡りのあやふきところところ道もなき山路にさまよひて」とある。
「籠の渡り」とは籠渡しのこと。
籠渡しとは、橋を架けることができないほどの険しい谷の両岸の間に綱を渡し、その綱に籠を吊り下げたもの。
当時は、籠に人を乗せたり荷物を入れたりして対岸まで渡していたという。
江戸時代末頃の浮世絵師である歌川広重の「飛騨籠渡図」が、籠渡しの絵(版画)として有名である。
絵を見ると、急流の上にそびえる両岸は、目もくらむばかりの絶壁となっている。

2016/12/04

骨柴のかられながらも木の芽かな

「骨柴(ほねしば)」とは、枝や葉を取り去った柴のことと、ネットのWeblio辞書に書いてある。
凡兆の句を読むまでは、まったく知らない言葉だった。

骨柴のかられながらも木の芽かな
野沢凡兆

この句を読んだとき、私は冬枯れの裸木の細い枝のことが頭に浮かんだ。
「骨柴」とは、そういうものではあるまいかと思ったのだ。

2016/12/02

かさなるや雪のある山只の山

八甲田山の各峰の山頂に、白く雪が積もり始める頃は、山麓の雲谷周辺の山には、まだ雪が無い。
秋の中頃から終わり頃にかけて、青森市街地から北八甲田連峰の方を眺めると、ちょうど凡兆の句のような感じに見える。

かさなるや雪のある山只の山
野沢凡兆

2016/12/01

ドリルでの垂直穴あけに優れた工具、ドリルガイド

箱から取り出して組み立てる。組み立て簡単。

ドリルガイド13F

ネット通販で、優れものの工具「ドリル穴あけ補助ツール」を買った。
「ドリルガイド13F」という名の工具である。
製造元は、兵庫県の神沢鉄工株式会社。

2016/11/29

旅人の独り言「馬をさへながむる雪の朝哉」

一晩に降った雪で、あたりが一面の雪野原となった朝。
宿の外へ出て街道を眺めると、白い世界を移動していく人々の影が朝日にくっきりと浮き上がって見える。
昨日までは、晩秋の枯れた風景だったのに、たった一晩で様変わり。

馬をさへながむる雪の朝(あした)
松尾芭蕉

2016/11/28

浮世の重み「我が雪と思へば軽し笠の上」

宝井其角の句で、作者の意図とは別に、人生訓や「ことわざ」や格言として親しまれているものに「あの声で蜥蜴(とかげ)食らうか時鳥(ほととぎす) 」がある。
この句が有名な「ことわざ」になったのは、リズミカルで平明な作風が江戸の庶民に愛されたせいなのだろう。

才気煥発でありながら、放蕩に明け暮れたと言われている宝井其角。
松尾芭蕉の代表的な門人として知られた其角。
その暮らしぶりが、「伝説」となり、其角の言葉(句)が「伝説の人」の名言のように巷間に伝わったから、其角の句は庶民のあいだで「ことわざ」としてもてはやされたのかもしれない。

2016/11/26

白秋の大発見「瓦斯燈に吹雪かがやく街を見たり」

北原白秋は、南国生まれの詩人。
九州の熊本県で生まれ、福岡県の現・柳川市で少年期を過ごした。
後に上京。
東京で暮らすようになった白秋は、冬場に雪を見ることはあったかもしれない。
しかし、雪国によくある「吹雪」を、東京で体験したことがあっただろうか。
そんな北原白秋の「吹雪」を題材にした俳句が面白い。

景色のなかの「もの」に接近する「水鳥や嵐の浪のままに寝る」

見た景色を、そのまま句にする。
いつも目にしている日常ではあるが、それを句に切り取ると、普段では見えなかったものが見えてくる。
なんてことが、あるだろうか。

2016/11/25

三つの季重ね「肌寒し竹切る山の薄紅葉」

現代では、「季重ね」は避けた方が無難といわれているが、江戸時代ではどうだったのだろう。
「季重ね」と言えば、「目には青葉山ほととぎす初鰹」という山口素堂(やまぐちそどう)の有名な句が思い浮かぶ。
この句の「青葉」と「ほととぎす」と「初鰹」の三つは、夏の季語となっている。
三つの「季重ね」で出来上がっている句なのである。

凡兆の詩のテーマ「灰捨てて白梅うるむ垣根かな」

炭を焚いて出た灰や、薪を燃やして出た灰は、木灰(きばい・もっかい)といって農作物の肥料になる。
私が子どもの頃、津軽地方の実家では冬期に薪ストーブを使っていた。
一日中、薪を燃やしていると、夕方ごろにはブリキのストーブの底にたくさんの灰がたまった。
その灰を、肥料になるからと、雪の積もった畑の上に撒く。
風の吹いているときは、灰が舞ってズボンに付いたり。
粒子の細かい灰が、繊維の隙間に潜り込んで払い落すのに苦労した経験がある。

灰捨てて白梅うるむ垣根かな
野沢凡兆

2016/11/23

凡兆の感性の在り処「雪ふるか燈うごく夜の宿」

昨夜、青森市内に5センチぐらい雪が降った。
朝起きて外を見たら、地面が白くなっていたので、天気予報通りだったのだ。
夜、寝るときには気がつかなかった。
音もなく降った雪だったから。

雪の夜
雪の夜。

2016/11/22

ものの在り方「捨舟のうちそとこほる入江かな」

捨舟とは、捨てられた小舟のこと。
舟底の板が剥がれたり。
舟底に大きな穴が開いたりして、舟として役に立たなくなったものが湖に放置されている。
棄てられたまま、少し傾いて浮かんでいる。
舟の縁には、うっすらと白い雪。
「捨舟」の背後には、寒々とした冬の入江の、侘びしいモノクロームの光景が広がっている。

生活者の目「上行と下くる雲や穐の天」

秋は台風の季節。
台風が過ぎ去っても、その余波の風に、雲が激しい動きを見せる。
青空がもどった空で、雲の展示会が始まる。
刻々と積乱雲が姿を変え、積雲が移動していく。
遠くの積雲は低い下の位置に見え、頭上の積雲は高い上の位置に見える。

2016/11/18

ハイラックスピックアップの夏タイヤを、5年目に入ったスタッドレスタイヤと交換

タイヤ交換の道具。
もう八甲田の山岳道路は雪が積もっている。
夏タイヤでは、山道は走れない。
今日はお天気も良く、暖かいので絶好のタイヤ交換日和。
そこで、ハイラックスピックアップの夏タイヤをスタッドレスタイヤに交換した。
作業は40分弱ぐらいで終了。
歳をとって筋力は落ちたが要領が良くなったのか、タイヤ交換の所要時間が短くなったような気がする。
面倒くさいという気分もなく、作業がまったく苦にならない。

私の背中の痒みは、乾布摩擦でほぼ解決

勘違いの寒風摩擦

私は、いろいろと勘違いが多い。
子どもの頃、乾布摩擦を「寒風摩擦」と思い込んでいた。
当時は、「かんぷ摩擦」を行うと、風邪をひきにくい体質になると言われていた。
これを聞いて私は、「かんぷ摩擦」イコール「寒風摩擦」だと思い込んだのだ。
寒風のなかで背中をタオルでこする運動をすれば、寒さで体が鍛えられて風邪をひかなくなる。
そう思っていたのだ。

2016/11/17

梅一輪いちりんほどの暖かさ

冬の終わり頃から早春にかけて話題にされる句である。
「冬→寒い→嫌だ→早く春になってほしい」という心情。
「春→暖かい→快適→春が待ち遠しい」という心情。
この句が話題に登るのは、そういう一般的な心情が背景にあるからだと私は思っている。
とすれば、この句は一般的な心情を表している句ということになる。
そういう面で、人口に膾炙(かいしゃ)する句となっているのだろう。
冬の終わりごろには、格言のようにもてはやされている。
コマーシャルの世界では、春の訪れを待ち焦がれるキャッチコピーのように利用されている。

2016/11/16

日常から1000文字以上を探す出すことが、私がブログを書く上での仕事となっている

トップブロガーとは?

トップブロガーとは「読者にとって価値のある記事」が書ける人であると、多くの有名ブロガーが、そう仰っている
もちろん、トップブロガーはトップアフィリエイターでもある。
プロブロガーとして高額な収入を得ている、一握りの人達のこと。

トップブロガーになるためには、ユーザーのことを第一に考えているブロガーでなければならないという。
なるほど、流石、有名ブロガーさんのお話はためになる。
彼らがトップブロガーでもある所以である。
検索エンジン最大手であるGoogleも、「読者にとって価値のある情報」があるサイトは、検索順位が上位にランクされると仰っている。

2016/11/15

「名月や煙はひ行く水の上」服部嵐雪

木の枝のあいだからスーパームーンが上る。
この頃、夕方の愛犬の散歩で夜空を見て、この間からお月様が大きく見えるなあと思っていたのだった。
今日のニュースで、どうやらそれは、「スーパームーン」のせいであることがわかった。
スーパームーンとは、月が地球に最接近した日が、月が満月となった日と重なる現象のこと。
月は楕円状の起動を描いて地球の周りを回っているから、こういう現象が起こるらしい。
その日が、本日の11月14日。
満月として最接近するのは、68年ぶりの出来事だとか。

2016/11/14

歯医者通い(歯周病の治療)

歯欠け爺

65歳になって、歯を治そうと決意した。
私の口のなかは、歯周病(歯槽膿漏)がかなり進んでいる。
過去に、何度も歯茎が痛んだ経験がある。
痛いのを我慢して、放っておいて抜けた歯が3本もある。
なんだかんだで欠けてしまった歯や、抜けた歯の合計は7本。
65歳の歯欠け爺なのだ。

2016/11/11

ノブドウとヘクソカズラにおおわれて、せっかくのドウダンツツジの生垣が荒れ放題

生垣におおいかぶさるノブドウの蔓。
青森市内では、ドウダンツツジの紅葉が色鮮やかになりつつある。
街の方々で、ドウダンツツジの植え込みが赤く染まっている。
もうすっかり真紅に燃え上って、散るのを待つばかりのものも見かける。

家から歩いて15分ほどの、近所の小学校には、校庭の北側にドウダンツツジの生垣がある。
この生垣は1~2年前まで、秋になると紅葉の鮮やかさで通行人の目を楽しませてくれていたのだが。
この頃は手入れがされていないせいか、荒れ放題。
こころなしか、紅葉もだんだんと色褪せてきたように見える。

2016/11/10

晩秋のケヤキ広場に雪

ケヤキ広場にうっすらと雪が積もった。
青森市内は、昨日降った雪が融けずに朝まで残った。
平和公園のケヤキ広場にも、落葉の上に雪。
このあいだの落葉の山は、すっかり片付けられていた。
頭上のケヤキの枝には、まだたくさんの葉が残っている。
葉が散って、その上に雪が積もる。
その上にまた葉が散って、また雪が降る。
ケヤキ広場の冬は、全てのケヤキの葉が完全に散るまで、その繰り返し。

2016/11/09

アメリカ大統領選で日本が大騒ぎ

事務所裏の空地。まだ枯れていない草の上に、雪が積もっている。

 日本では多くの人が、「まさか!」と思ったに違いない。 アメリカ合衆国の大統領選挙でトランプ氏が勝利した。トランプ大統領が、事実上誕生した日、青森市では雪が降って、ちょっと積もった。2016年の豪雪都市青森市の雪は、こうして始まった。たとえアメリカで、特異な人物が大統領に選ばれようと、選ばれまいと、ここ豪雪都市の住民である青森市民の当面の話題は、今年の雪の降り具合、積もり具合なのである。

「木枯らしの吹き行くうしろすがた哉」服部嵐雪

服部嵐雪(はっとりらんせつ)の句と言えば、「布団着て寝たる姿や東山」や「梅一輪いちりんほどの暖かさ」がよく知られている。
これらの句は、現代でも人口(じんこう)に膾炙(かいしゃ)するものとなっている。
嵐雪は、蕉門の古参の俳諧師で、芭蕉亡きあとは宝井其角(たからいきかく)と江戸俳壇を二分したと言われている実力者。
後に嵐雪は俳諧流派「雪門」の祖となり、其角は俳諧流派「江戸座」の祖となった。
芭蕉が、其角や嵐雪の才能を高く評価し、「草庵に桃桜あり。門人に其角嵐雪あり」と褒め称えたのは有名な話である。

2016/11/08

ハードボイルドだった湯たんぽ

 追跡者が、とうとう逃亡者の隠れ家をつきとめ、深夜に踏み込んだときは、建物のなかに人影はなかった。男は寝室をのぞき、お決まり通りベッドのなかへ手を差し込んだ。布団のなかは冷え冷えとして、温もりが感じられない。「奴は、まだ帰っていない。ここで待っていれば、そのうち現れるさ。」彼は仲間にそう言って、注意深く部屋のなかを見回した。長い逃亡生活を経てたどり着いた部屋の割には、そういう殺伐感がにじんでいない。ごく普通の生活者の匂いがした。

2016/11/07

軽自動車の夏タイヤをスタッドレスタイヤに交換


後の荷台の下に車載工具がある。
青森市は、昨日午前7時頃、初雪を観測した。
これからの天気予報は、明日は雨。
9日と10日は、雪の予報が出ている。
それで、天気の良いうちに、軽自動車の夏タイヤをスタッドレスタイヤに交換することにした。

以下は、私がいつも行っているタイヤ交換の手順。
しかしこれは、私独自の方法で、広く推奨できるものではないかもしれない。
腕力とか、作業中の注意力には個人差があるので、不安な方は専門店にお願いした方がベスト。

晩秋の風物詩、平和公園ケヤキ広場の落葉掃除

平和公園ケヤキ広場の落葉掃除が始まった。平和公園東側入口よりケヤキ広場を眺める。
愛犬の散歩で平和公園に寄ったら、ケヤキ広場の落葉(おちば)掃除が始まっていた。
業者の方が、各所に落葉を集めて、写真のような山を作っている。
この時期の、おなじみの風景である。
広場のケヤキは、紅葉がほとんど終盤。
終盤ながらも、紅葉するケヤキと黄葉するケヤキが混じっていて、彩りがきれいだ。

泣きっ面にハチ

「ねえ、ママ、向かいのお店、閉めちゃったみたいよ!」
「向かいの店って、スナック薔薇のこと?」
「そー、なんでもねチィママが一ヵ月分の売り上げ持ち逃げしちゃったんだってさー。」
「それは願ったり叶ったりね。ここんところ、お向かいさんにお客取られっぱなしだったから。下手すると、こっちがつぶれるところだったのよ、ヨーコちゃん。」
「あのママねえ、借金まみれってうわさじゃない。借金返せなくて自己破産しちゃうらしいわよー。」
「まあ、薔薇のママ、踏んだり蹴ったりじゃないの。」

2016/11/05

省略と強調「踏んだり蹴ったり」

例文

「きのうね、私ね、駅で転んじゃって。そのとき眼鏡も壊しちゃって。もう、『踏んだり蹴ったり』だったのよ!」とか。
「先週は、空き巣に入られるわ、愛車は後から追突されるわ、ほんと『踏んだり蹴ったり』だったね。」とか。
「風邪をひいて頭痛が酷いわ、虫歯が痛いわで『踏んだり蹴ったり』さ。」とか。
「踏んだり蹴ったり」という言い回しが使われる例としての、ありそうな話はいくらでも出る。

2016/11/03

トムクルーズ

 老人がリードを引っ張って、犬と一緒に自動車道路を横切ろうとしている。白い大きな犬は首を引っ張られながらも、前足を突っ張って、老人のする通りにはならない。首を振り振り、嫌々をして進もうとしない。杖をつきながら、散歩をしていた通りすがりの老人がそれを見て「あっちへ行かないって言ってるんじゃないの。」と注意口調。リードを引く手を緩めながら、「そんなことは、わかってるさ。」と犬連れの老人が言い返す。「雨が降りそうだから、引き返さなくっちゃいけないんだよ。」「黒い雲がきて、もうすぐ土砂降りになるってことぐらい、空を見たらわかるだろう。」

2016/10/31

雨の雛岳登山道と下山後の「みちのく深沢温泉」

雨中のブログ管理人。
東京で暮らしている姉が所用で青森に来たので、一緒に北八甲田雛岳の登山道を歩いた。
姉と一緒に山を歩くのは、白神山地の太夫峰以来。

当初は津軽半島の名峰「大倉岳」へ登る予定だったが、雨降りのため中止。
天気予報を見ると、津軽地方よりも上北地方の方が、まだ好天が見込まれる。
雛岳周辺は、上北地方の天候状態に準じることがあるので、雛岳の登山道を歩こうということになった。

2016/10/30

凡兆の予感?「日の暑さ盥の底の蠛かな」

「虫」ヘンに、軽蔑の「蔑」のツクリで蠛。
この漢字を、ウンカと読む。
蔑は、「蔑ろ(ないがしろ)」という使い方もする。
「蔑ろ」とは、無視したり軽視したりすること。

日の暑さ盥(たらい)の底の蠛(ウンカ)かな
野沢凡兆

「暑き日を海に入れたり最上川」と、夏の暑い一日を雄大な句にした芭蕉。
凡兆は、「日の暑さ」を日常の「盥の底」に入れてしまった。

2016/10/27

青森市平和公園の紅葉が、「街の風情」として、それなりに見ごろに

色づき始めた平和公園の紅葉。
今年の八甲田の紅葉はどうなんだろう。
この頃、山へ行ってないからわからない。
写真は、毎日のように犬の散歩で訪れる平和公園。
ボチボチ紅葉が見ごろになってきた。

山には、山の風情がある。
一方、都市公園の紅葉は、街の風情で満ちている。
そうは言ったものの、街の風情って何だろう?
都会暮らしのなかで感じるものだから、その人の心に育っている都市生活者の情感みたいなものかな。

ホームセンターの工具売場に潜り込んでいた役に立たない「家庭用」の工具

家庭的?

「家庭料理の店」とか「家庭的な雰囲気の店」とか。
そういう看板を掲げた居酒屋を見かけることがある。
私が、決して入るまいと思っている居酒屋は、こういう類の居酒屋。
「家庭料理の店」という看板のある居酒屋は、料理に自信の無い店主がやっている店が多いと私は感じている。
したがって料理がありきたりで不味いことがほとんど。
プロの料理が苦手な人が「家庭料理」というホットなムードを隠れ蓑にしている傾向が強いと感じている。
「家庭料理」という表示に、料金が安いのではと思ってしまいがち。
だが、飲み代はそれほど安くないことが多い。

2016/10/22

凡兆の視点「剃刀や一夜に金情て五月雨」

梅雨時は錆の季節。
油断していると、あっと言う間に鉄製品が錆びてしまう。
じめじめと湿っぽい季節は、湿気のせいで、錆がすぐに広がる。

剃刀(かみそり)や一夜(ひとよ)に金情(さび)て五月雨(さつきあめ)
野沢凡兆

2016/10/21

軽トラ

 ユキオの会社で仕事の打ち合わせを15分ばかり。その15分の間に、路上へ止めたオレのピックアップがレッカーされちまったようだ。ユキオの会社の駐車場は会社から離れた場所にある。ついつい面倒くさがって路駐してしまう始末。その結果のレッカー移動。雨降りの路上には白っぽい軽トラが1台止まっているだけ。オレのピックアップは影も形も無い。雨で濡れているせいか路面にはチョーク書きが無い。前にもこんな感じで駐車違反即レッカー移動された知り合いがいた。ユキオの会社の前は道幅が狭い。そんでもって、近所にクレーム好きのチクリ屋がいるみたいで、このあたりは駐禁即レッカー地帯なんだ。

2016/10/16

物の中に潜む存在感「物の音ひとりたふるる案山子かな」

「音もなく地面に倒れた」という表現がある。
最後まで倒れるのをこらえながら、ギリギリのところで倒れてしまうと「音もなく地面に倒れた」という状態になるのだろうか。
音は物の存在の証明である。
音が聞こえたということは、音を発生させた物が存在するということ。
「音もなく地面に倒れた」と言っても、音がしなかったとは言い難い。
物が倒れる映像だけを強調しようとすれば、「音もなく地面に倒れた」というシーンが映像としてはあるのかもしれない。

清楚な日常の美しさ「渡り懸て藻の花のぞく流哉」

これも私の好きな句である。
「渡り懸て」という行為のなかで「藻の花」を垣間見た凡兆の感動が見える。

(わた)り懸(かけ)て藻の花のぞく流哉
野沢凡兆

「藻の花」に、私はバイカモを思い浮かべた。
漢字で書くと「梅花藻」。
北八甲田では「グダリ沼」のバイカモが、その美しさで知られているが、私はまだ見たことが無い。
しかし、清流に揺れるバイカモの花は、どこかで見た記憶がある。
凡兆は、清流に架かった橋を渡りかけたとき、川面に揺れる藻の花に気がついたのだろう。
無数に咲いているその花の可憐さに、思わず水面を覗き込んだというシーンが思い浮かぶ。

2016/10/15

凡兆の不満?「ほととぎす何もなき野の門ン構」

「猿蓑(さるみの) 巻之二」は宝井其角(たからいきかく)から始まって河合曾良(かわいそら)まで、12人の俳諧師の「ほととぎす」を題材にした句が、最初に掲載されている。
そのなかに、凡兆の次の句も収められている。

ほととぎす何(なに)もなき野の門ン構(がまえ)
野沢凡兆

私は、この句を読んだとき、荒涼としたイメージが頭に思い浮かんだ。
妙に寂しい光景。
廃墟のセンチメンタリズム。

ホトトギスは異様に甲高い声で鳴くときがある。
暗くなりかけの宵などに聞くと、あまり気分の良いものでは無い。
ちょっとびっくりするのだ。
またホトトギスは、早朝のまだ暗いうちに、けたたましく鳴いたりする。

2016/10/13

木造平屋一戸建てに単相200Vの配線工事をした場合の費用

単相200V 用のコンセント。2回路分。

仕事で、大判プリンターをもう一機導入することにした。
このプリンターの電源は単相200V。
現在仕事の事務所として使っている貸家には100Vしか通っていない。
今の新しい住宅だと屋内配線が100V対応でも、配電盤までは三線(赤、白、黒)式電源が来ていることが多いらしい。
この場合は、配電盤の小ブレーカーを200V対応の物に交換し、赤 黒 の線をブレーカーに接続すると単相200Vになるという。
後は、屋内の配線工事をして200Vのコンセントをつければ、利用可能とのこと。
もちろんこの工事は、電気工事の有資格者でなければできない。

2016/10/12

温泉銭湯の浴場でウンチをもらしてしまった老人

久しぶりに市内の温泉銭湯へ行ったときのことである。
脱衣場に入ると、浴場から出てきたマッチョな若い男を見かけた。
その方は、労働やスポーツで筋肉が発達したというよりも、筋トレで筋肉細胞を増殖させたというタイプに見えた。
この方ほどではないが、かつての若かった私も、現場労働やスポーツで自然と筋肉が付き、ミニマッチョだった時代があったなぁなどと思いながら浴場へ入った。

昔の名古屋の「ものづくり」がすごかった(昭和初期製作の柱時計がまだ現役で動いている)

八角小型掛時計。
部屋を片付けていたら、田舎の実家を処分したとき、持ち帰った古い掛時計が出てきた。
私は、このボロい時計を捨てずに持ち帰ったのを、すっかり忘れていた。
65年前に私が生まれた頃、すでにあった掛時計である。
子どもの頃、居間の壁の柱に掛かっていた時計で、あらためて見ると不思議な気分。
この時計と一緒に過ごした懐かしい暮らしが甦ってくるような。
「まだ動くのだろうか?」
ためしに仕事部屋の柱に掛けて、振子を指で振ったら、チクタクチクタク・・・・・・。
幼い頃聞きなれた音が、時を隔てて耳に響く。
仕事部屋の雰囲気が昭和レトロの時代へと逆戻り。
パソコンや大判プリンターと、昭和初期のゼンマイ時計が共存している空間が、なんとも新鮮だ。

2016/10/08

連句の面白さ「灰汁桶の雫やみけりきりぎりす」

灰汁(アク)は、最古の洗剤として紀元前から使われていたといわれ、旧約聖書などに灰汁という言葉がしばしば出ています。日本でも洗濯には昔から木灰の灰汁が用いられ、江戸時代には、桶に水を満たして灰を入れ、底の栓口から灰汁がしたたるようになった「灰汁桶」が各戸に置かれていて、これを用いてたらいで手洗いしていたようです。また、石鹸や合成洗剤が普及する第二次大戦後まで、洗浄剤として広く一般に使われていました。
    ※石鹸百科(株式会社 生活と科学社)サイトより引用

2016/10/06

芭蕉の自信を示す去来抄、「下京や雪つむ上の夜の雨」

「去来抄(きょらいしょう)」は、蕉門の俳諧師である向井去来(むかいきょらい)著の俳論書であるとされている。
この書は、去来が亡くなって70年以上経った安永4年(1775年)に京都の井筒屋によって刊行されたという。
その「去来抄」に 以下の文章が記載されている。
此句初冠なし。先師をはじめいろいろと置侍りて、此冠に極め給う。凡兆あトとこたへて、いまだ落つかず。先師曰、兆汝手柄に此冠を置べし。若まさる物あらば我二度俳諧をいふべからずト也。去來曰、此五文字のよき事ハたれたれもしり侍れど、是外にあるまじとハいかでかしり侍らん。此事他門の人聞侍らバ、腹いたくいくつも冠置るべし。其よしとおかるゝ物は、またこなたにハおかしかりなんと、おもひ侍る也
「此句」 とは野沢凡兆の句のこと。

2016/10/02

今年の秋は、紅葉も遅いがキノコの発生も遅い(ナメコとナラタケを少々収穫)

いつもの小滝。
天気が良いので愛犬を連れてキノコ採りハイキング&犬散歩に出かけた。
八甲田の紅葉は、始まったばかりで、今年は少々遅れ気味。
先週の日曜日の高田大岳ハイキングの時と比べて、たいした進展が見られない。
紅葉が遅れているせいか、キノコ(食菌)の発生も遅れているようだ。
今日の収穫は、早生ナメコとナラタケが少々。

2016/09/28

果実も臭くは無かったヘクソカズラ

ヘクソカズラの果実。
以前記事にしたヘクソカズラが結実していた。
ドウダンツツジの生垣に絡まっていたヘクソカズラのこと。
花が咲いていた頃、ヘクソカズラの茎や葉や花の匂いを嗅いでみたのだが、「ヘクソ(屁糞)」と呼ばれるほどの匂いではなかった。
もしかしたら、果実が強烈な臭いを放つのではと思い、実が生るのを待っていたのだった。

ヘクソカズラの果実は、直径5ミリぐらいの球形で光沢がある。
その果実をちぎって指でつぶして匂いを嗅いでみたが、臭くはなかった。
かすかに独特の臭気はあったが、「ヘクソ(屁糞)」と罵るほどの匂いでもない。
かなり強烈な臭いを嗅いで、「ヘクソカズラ」という名前の由来に納得しようと期待したのだが、そうはならなかった。

2016/09/25

山頂付近は快適な天空の道、北八甲田高田大岳谷地温泉コースをハイキング

谷内温泉の屋根越しに見る高田大岳。
私が北八甲田で唯一歩いたことの無い夏道が、谷地温泉から高田大岳へ登るコース。
いつかは歩こうと思っていたのが、本日やっと実現した。
春スキーでは、残雪の上を山頂まで毎年一回は登っている。
今年の春は、テレマークスキーのシール登行で山頂まで3時間半かかった。
今回もそれぐらいの時間がかかるだろうと思って登り始めたのだが、2時間半という標準タイムで山頂到着。
ちょっと若返った気分だった。

2016/09/23

ミヤコグサの二期作?新中央埠頭の南側緑地で、秋のミヤコグサが咲いている

先月、8月27日の南側緑地。緑が少ない地面にブタナの黄色い花ががチラホラしていた。
青森市内の新中央埠頭を愛犬と散歩した。
新中央埠頭と言えば、以前から気になっていた緑地のミヤコグサ。
さっそく南側緑地帯の丘を覗いたら、なんとミヤコグサが復活。
今年の8月27日に見たときは、上の写真のように枯れた状態で、緑が少なかったのだが。
それが今日は、下の写真のように、ミヤコグサが青々と生い茂っている。
こんな光景を見ると、ミヤコグサの二期作なのか?と思ってしまう。

2016/09/20

青森(関東以北)でも結実しているヤブガラシ

平和公園のヤブガラシが結実していた。
東日本(関東以北)では結実しないと、ウィキペディアをはじめとして多くの植物系サイトで言われているヤブガラシ。
昨日、愛犬の散歩で青森市内の平和公園に立ち寄ったら、なんとヤブガラシが実を結んでいるではないか。

今年の7月30日に盛んに花を咲かせていたヤブガラシである。
関東以北のヤブガラシの染色体は3倍体で、結実しない。
中部以西の分布では、3倍体のものと2倍体のヤブガラシが混在していて、その2倍体のものが結実する。
ということなのだが。

2016/09/19

呼かへす鮒売見えぬあられ哉

江戸時代には、食用鮒として、近江国琵琶湖のゲンゴロウブナや二ゴロブナが有名であったらしい。
現在でも、鮒寿司は滋賀県の名産品である。
当時の近江国では、秋から冬にかけてひれが赤くなった琵琶湖の鮒を「紅葉鮒(もみぢぶな)」と呼んでいたという。

(よび)かへす鮒売(ふなうり)見えぬあられ哉
野沢凡兆

2016/09/14

凡兆の自信「時雨るるや黒木つむ屋の窓明り」

この句を読んだとき、カッコいい句だなと思った。
どうしてカッコいい句だと思ったのか、その理由をうまく説明できない。
素人の何とやらである。

時雨(しぐ)るるや黒木(くろぎ)つむ屋の窓明り
野沢凡兆

「時雨るるや」とは、時雨が降っていることへの詠嘆。
時雨とは、晩秋から初冬にかけて降ったり止んだりする冷たい雨のこと。
黒木(くろぎ)とは、京都の八瀬や大原で作られる薪のこと。
かまどで黒く蒸し焼きにしたことから黒木と呼ばれたとか。
当時は、八瀬や大原の女が黒木を頭に乗せて、京都市中を売り歩いたらしい。

2016/09/12

雪に埋没した京の都「ながながと川一筋や雪野原」野沢凡兆

凡兆の句を読んで、不思議な思いにとらわれるのはなぜだろう。
句から感じる鮮明なイメージの出所は、句の表面には現れていない。
俳諧の「言葉」の下に、その句には記されていない風景が見え隠れするのだ。
凡兆にたいする思い入れが過ぎるための、私の錯覚だろうか。

ながながと川一筋や雪野原
野沢凡兆

2016/09/10

公園の林床に出た毒キノコ、テングタケ

愛犬がキノコの匂いを嗅いでいる。

公園のテングタケ

今年も公園の草地にテングタケが発生。
散歩中の愛犬が、物珍しげにキノコの匂いを嗅いでいる。
いつもの散歩コースに、今日は怪しい物体が出ている、とでも思っているのか。
愛犬は熱心に匂いを嗅いでいる。

江戸時代の都市のさりげない日常「藏並ぶ裏は燕のかよひ道」

凡兆は、街なかの風情を詠むのが上手い。
と、素人の私が思ってしまうほどに。
これが凡兆の持ち味なのではあるまいか。
と、素人の私は考えている。

次の句は「市中は物のにほひや夏の月」同様に「猿蓑」におさめられている。
「猿蓑集 巻之四」の「春」のなかにある。

藏並ぶ裏は燕のかよひ道
野沢凡兆

2016/09/03

空地でオオハンゴンソウの花が散ってヨシの穂が出た

空地からオオハンゴンソウの黄色い花が消えた。
8月30日に、青森市に台風10号が来襲。
そのせいで、事務所裏の 空地のオオハンゴンソウは、花びらを落としてしまった。
空地の黄色い賑わいが消えてしまったのだ。

2016/09/01

「マイペース」とは、人生のなかで変化し発展してきた大切な能力である

■自身を活かす能力

若い頃、マイペースについて、友人達といろいろ考えたことがあった。
そしてマイペースとは、様々な状況のなかで、自身のペースをコントロールできる能力のことであるという結論を、私は得たのだった。
と同時に、マイペースとは、自身をベストな状態にキープできる能力のことでもあると考えた。
つまり、マイペースとは、自身を活かす能力のことであると思ったのだ。
友人たちも、マイペースについて自分の意見を持ったようであった。
マイペース故に、意見は様々である。

2016/08/28

谷間で咲いていた紅紫色のツリフネソウ

ツリフネソウ。

ツリフネソウは食虫植物か?

八甲田山、城ヶ倉大橋の下の方でツリフネソウが咲いていた。
黄色いツリフネソウはキツリフネと呼ばれているが、ツリフネソウといえば、花が紅紫色のものを指す。
ムラサキツリフネとも呼ばれたりするが、標準名はツリフネソウである。
花柄から舟がぶら下がったような形の花なので、ツリフネソウ(釣舟草・吊舟草)と呼ばれているとか。
独特の花の形は、花の筒の中へ虫を誘い込む食虫植物を連想させる。
だが、ツリフネソウは食虫植物ではない。

2016/08/27

青森市新中央埠頭のミヤコグサは、1年に2度発芽して個体を生育させ、それぞれ花を咲かせるのだろうか?

ミヤコグサ
7月22日:ミヤコグサ。
愛犬の散歩がてら新中央埠頭へ行ったら、びっくり。
埠頭の南緑地に、ミヤコグサの姿が見当たらない。

今日から35日ほど前の7月22日には、下の写真のように一面に咲き乱れていたのに。
あのミヤコグサの群生が消えてしまっている。
ミヤコグサの開花時期は、5月~7月頃とか5月~9月頃とも言われている。
去年は雪の積もる時期まで咲いていたのだから、今日ぐらいでもまだ盛んに咲いていても良さそうなのだが。
師走にだって花を咲かせていたのだから。

2016/08/26

景勝地「白岩森林公園」の紅葉の写真

紅葉の隙間に凝灰岩の白っぽい岩肌が見える。
デジタルカメラのメモリを整理していたら、白岩森林公園の紅葉の写真が残っていた。
去年の10月18日に坂梨峠の紅葉見物へ行く途中、平川市に寄ったときのものだった。
このページにアップした写真以外にも、たくさん撮ったのだが、それは失ってしまった。
「これが白岩森林公園の白岩だ」という観光案内的な写真も撮ったのだが、それらは残念にも、何かの拍子で私が消してしまったらしい。

2016/08/25

夏の匂い「市中は物のにほひや夏の月」凡兆

太宰治のエッセイ「天狗」に凡兆(ぼんちょう)の句が紹介されている。
暑い時に、ふいと思い出すのは猿簑の中にある「夏の月」である。
「天狗」は、このような書き出しで始まる。
太宰ファンは、この書き出しに魅了されて、太宰治の「読物」の世界へひきこまれていく。
凡兆の発句を上げて、流れるような文章が続く。

2016/08/21

八重咲きのムクゲの花が、「青い森セントラルパーク」で咲いていた。

ムクゲ
公園のムクゲ。

ムクゲは一重咲きのものを多く見るが、「青い森セントラルパーク」では八重咲きのムクゲが花盛りだった。
多目的芝生広場の北側に、「青い森鉄道」の線路に沿って遊歩道がある。
もちろん、線路と遊歩道はフェンスで仕切られている。
その遊歩道の傍らに、ムクゲの木が一本立っている。
箒を逆さまに立てたような枝ぶりだから、すぐに目につく。

縄文時代の土器や土偶に描かれた「物語(文学)」についての雑感

朝、まだ起きたての、ぼんやりとしか見えない目をこすりながらインターネットで調べものをしていたら、「国際縄文学協会」というサイトを見つけた。
私は、このとき目に飛び込んできた「縄文学」という文字に対して奇異な感じを抱いた。
「なわぶんがく」って何だろう?と。
「なわ(縄)文学」なんていう「文学」ってあったっけ?と。

2016/08/20

「青い森セントラルパーク」に広がる癒しの空間、アカツメクサが群生する緑地

アカツメクサ
アカツメクサが咲いている原っぱ。

青森市にある公園「青い森セントラルパーク」でアカツメクサが、鮮やかに群生している。
緑地帯の東端がアカツメクサの群生地。
アカツメクサに癒されたいのなら、「青い森セントラルパーク」に来ればいい。
東西に長い公園の中央から西側に、150台駐車可能な無料駐車場がある。

この花は何?秋の花シュウメイギクさ、でも花弁は無いんだぜ

シュウメイギク。

街路樹の根元で、見知らぬ花が咲いていた。
野草のように見えるが、園芸種のような外観。
それに、街路樹の根元は、きれいに整備されていたから、どなたかが植えたものなのだろう。
この花をネットで調べてみたら、やはり園芸種であった。
シュウメイギクという名前。
園芸種だが、どこか野草っぽいので、私の野草コレクションに入れることにした。

2016/08/18

雨が不足気味だったせいか、今年はかなり早いカツラの黄葉

カツラの落葉
青森市は、8月に入ってから15日まで雨らしい雨が降っていない。
「青森ねぶた祭」期間中(8月2日~7日)に、雨降りの日は一日もなかった。
これは、なかなかめずらしいこと。
おかげで、青森市に生息している植物たちは、ちょっと水不足ぎみ。

2016/08/16

床に来て鼾に入るやきりぎりす

「きりぎりす」とは、今の「キリギリス」のことではなくて、今の「コオロギ類」の古称であるらしい。
古典に出てくる「きりぎりす」は、現代の「コオロギ類」のことであると、何かの本で読んだ記憶がある。
江戸時代頃は、現在の「キリギリス類」の昆虫は、「ハタオリ」と呼ばれていたという。

太宰治の有名な短編小説に「きりぎりす」がある。
女性の「話体」で書かれた小説で、「おわかれ致します。あなたは嘘ばかりついていました・・・」という文句で始まる。

2016/08/15

「稲垣河川公園」のヤナギ並木の枝枯れが進んでいる

ヤナギ並木
枝枯れが進んでいる河川公園のヤナギ。写真右下の白っぽいのは、散歩中の愛犬の尻。

犬の散歩を兼ねて、「稲垣河川公園」へ寄ってみた。
去年のお盆にこの公園に寄ったとき、ヤナギ並木の枝枯れが酷いなと思ったのだった。
はたして今年の夏は、どうなっているのだろう。
残念なことに、枝の部分の「枯れ」が、去年より進んでいた。
柔らかい緑葉が豊かだった一昨年のヤナギ並木の姿はもうない。
一昨年の写真を見れば、枯れている枝が無いわけでは無かったが。

つがる市の平滝沼公園で咲いていたツリガネニンジンの、淡い紫色が美しい

ツリガネニンジン
つがる市にある平滝沼公園で、ツリガネニンジンが一株だけ咲いていた。
平滝沼公園は、芝刈りが行われた後らしく、枯れたシバの畝が出来ている。

そんな原っぱに、刈り残された一株のツリガネニンジンが立っていた。
草丈は40センチぐらい。
なんとなくよれよれな姿。

つがる市稲垣町の水路に咲いていたオモダカの花

道沿いの小さな水路の中で、ひっそりとオモダカの花が咲いていた。
水路の場所は、つがる市稲垣町。
水路の一角で、一面がオモダカの葉で埋め尽くされている。
その中にぽつりと白い花が三輪。
オモダカは、オモダカ科オモダカ属の抽水植物。

お盆の15日、河川公園の沼で咲いていた睡蓮の花が見ごろだった

睡蓮
つがる市稲垣町にある岩木川河川公園の沼で睡蓮が花盛り。
今が見ごろである。
むっとする夏の熱気に包まれた沼。
その沼の水面から、清々しい睡蓮の花が顔を出している。

2016/08/14

オオハンゴンソウによく似た黄色い花、アラゲハンゴンソウが合子沢公園の道端に咲いていた

アラゲハンゴンソウ
アラゲハンゴンソウ。

青森市合子沢公園の自動車道の法面に黄色い花が咲いていた。
ここにもオオハンゴンソウかと思ったが、オオハンゴンソウほど背が高くない。
それに、筒状花の色が違うようだ。
オオハンゴンソウの筒状花は、もっと緑っぽい。

夏の道端に咲いていたニラの花

ニラの花
愛犬と散歩の途中、街路樹の根元で群生している白い花を見つけた。
なんという野草だろう、と思って近づいたら、なんとそれはニラの花だった。
ニラには、野菜が野生化したものでは無く、もともと野生の種があると聞いたことがある。
だが、写真のニラは、畑から脱走して野生化したもの。

2016/08/13

臭い男が臭くならないための方法

臭い男が臭くならないためのダンディズム。

それは、毎日お風呂に入ること。

臭い男の、臭さの原因のひとつは汗臭さ。
一日の汗をきちんと洗い落とすだけで、臭さは半減。

臭い体臭をイイ匂いに変える方法なんて無い。
そんなもの、あるわけが無い。
臭い匂いは、洗い落とすに限る。
これが基本中の基本。
臭くならないための大前提。

2016/08/12

あちこちでノブドウが花を咲かせて実を結んでいた

ノブドウ
今年の夏は、つる性植物の生育ぶりが好調なのだろうか。
ヘクソカズラとかヤブガラシとかが繁茂している光景によく出会う。
それに、写真のノブドウ。
公園の草むらの隅で、ノブドウがすくすくと蔓を伸ばしている。
私が生まれた津軽半島の村では、ノブドウのことをドクブドウ(毒葡萄)と呼んで忌み嫌っていた。
カラフルな色合いの果実を、幼い私は、恐ろしく毒々しい実だと感じていたのだ。

2016/08/11

野生化した野菜の花キクニガナ(チコリー)

公園の草むらで、あまり見かけない花が咲いていた。
あまり見かけないことの理由は、朝開いた花が午後にはしぼんでしまうからなのか。
この植物の名前はキクニガナ。
可憐な花を咲かせる野草のように見えるが、現役の野菜であるという。
野菜が野生化したものだとのこと。

ゴミ箱と天蓋に付けたステンレス製「あおり止めステー」が壊れたが、簡単に修復できた

ステンレス製あおり止めステー
以前に作ったゴミ箱のあおり止めステーが壊れてしまった。
使用頻度は、まだ少ないのに、ずいぶんあっさりと壊れたものだ。
ところで、この「あおり止めステー」とは何か。
ゴミ箱と天蓋は蝶番で連結してある。
天蓋の開閉時に風であおられたりすると、大きい天蓋なので人を傷つける恐れがあってとても危険。

2016/08/10

公園の原っぱで清楚に咲いていたカワラナデシコ

カワラナデシコ
カワラナデシコは、ナデシコ科ナデシコ属の多年草。
一般にナデシコと呼ばれている花は、このカワラナデシコのこと。

写真のカワラナデシコは、青森市の勝田公園に生えているもの。
シバやシロツメクサヘラオオバコが茂る草むらから、愛らしい顔をのぞかせていた。
秋の七草のひとつである撫子は、このカワラナデシコのこと。

2016/08/09

芭蕉の落胆「人声や此道帰る秋の暮」

松尾芭蕉は元禄7年10月12日に大坂(大阪)で亡くなっている。
旧暦の10月12日といえば、晩秋から初冬に差し掛かった時期である。
芭蕉は亡くなる前まで句作を続けていた。
句に「秋の暮」という語が使われるのは、そのころの季節が秋だったからであろう。
「秋の暮」には、「秋の夕暮」のイメージと「秋の終わり」というイメージが感じられる。

2016/08/05

「あつい、あつい!」と愚痴を言う人や、ミニスカート姿で「あつい!」と歓声をあげる女性もいる夏の暑さ

今日の青森市の最高気温は、33,4度。
北国の青森にしては、かなり暑い一日だった。

夏の暑い日に「あつい、あつい!」と言う人は、青森に限らず、全国的に多い。
夏は、日本全国「あつい、あつい!」
「実際に暑いのだから、あついと言うのはあたりまえじゃないか。」ということなのだ。
その「あつい」は嘆きのようであり、現状に対する不満のようでもある。
ひょっとしたら、堪え性の無い弱音なのかもしれない。
いや、単なる口癖か。

青森市松森3丁目の大木「エゾエノキ」がすばらしい木陰をつくっている

エゾエノキの大木
今日の青森市は、この夏一番の暑さ。
本日の最高気温は、33.4℃を記録。
用事で青森市松森を通ったら、涼しそうな木陰を見つけた。
というよりも、大木の樹影を見つけたのだった。

桜川地区から駒込川に架かった松桜橋を越えて松森地区に入ると、すぐ左手の大きな木が目についた。

野内川の川岸で咲いていたオオアワダチソウ

オオアワダチソウ
野内川の岸。

愛犬を水浴びさせるために野内川へ行ったら、川岸で黄色い花が咲いていた。
この花を見かけたとき、「セイダカアワダチソウが咲いている」と思った。
だが、セイダカアワダチソウは秋の花でまだ咲かないはず。
しかし、花や葉や、生えている姿は、セイダカアワダチソウそっくりなのだ。

松風や軒をめぐって秋暮れぬ

「松風」とは、松林を吹き抜ける風、またはその風の音のこと。
青森市内で松林と言えば、合浦公園のクロマツの林や、浅虫の山のアカマツの林が思い浮かぶ。
合浦公園では、海から吹き寄せる風が松の枝を揺らしている。
だが私は、松の葉の音を聞いた記憶が、あまり無い。
ケヤキやポプラ(ヤマナラシ)の葉が、そよ風に揺れる音はよく聞くのだが・・・・。
硬く尖った松の葉が、風に揺れて音をたてるためには、かなりの強風が吹かなければならないのでは。

2016/08/04

空地でヨシとオオハンゴンソウが棲み分け共存?

オオハンゴンソウ
事務所裏の空地。

今日の青森市は、11時20分ごろで30度を超えた。
本日の最高予想気温は35度だから、まだまだ上昇しそうな勢いである。
事務所の南側にある空地ではオオハンゴンソウが背を高く伸ばして花を咲かせている。
時折吹く風が、空地の熱気を部屋の中へ運び入れる。

白菊の目に立てて見る塵もなし

白菊は、清いものの代名詞となっている。
「白菊幼稚園」とか「白菊学園」とか、清いイメージを強調したいときに用いられる。
白菊と名の付いた集団に属する者は、その名に恥じないように、自身も白菊のように清くあろうと努める。
言葉による「暗示」の力だろうか。

2016/08/03

悪環境でもしぶとく生きている鬼、アメリカオニアザミ

アメリカオニアザミ
愛犬の散歩の途中、路上でアメリカオニアザミが咲いているのを見かけた。
コンクリートの電柱と、コンクリートの側溝枠のわずかな隙間から茎を伸ばしている。
こんな悪環境でもこうして生きている姿を、健気だと感じる人は少ないだろう。

2016/08/02

道路脇でホソバウンランが妖艶な姿で咲いていた

ホソバウンラン
道端のブロック塀の下で、ホソバウンランが咲いているのに出会った。
ブロック塀と舗装道路のわずかな隙間から茎を伸ばしている。
ホソバウンランは、ユーラシア大陸原産で、明治時代に観賞用として日本に持ち込まれた帰化植物とのこと。
その蘭に似た花姿は、華麗で豪華な印象なので、園芸愛好家にはモテモテだったことだろう。

2016/08/01

暑い夏に出会った涼しい色の花、ナミキソウ

ナミキソウ
愛犬の散歩の途中、道路脇に涼しそうな色の花を見つけた。
茎が四角くて、葉の感じからみてシソ科の野草と思われる。
歩道の縁石と舗装された車道との細い隙間から伸びている。
草丈は20~25センチぐらい。
インターネットでシソ科の植物を調べてみたらナミキソウという名前だった。

2016/07/31

曇りや雨の日は、雄しべと花弁が夕方になっても脱落しないヤブガラシの面白さ

今日は、朝方は晴れていたが、午前中は曇りがちだった。
なんとなくパッとしないお天気。
昼近くから雨が降ったり止んだりの天気が夕方まで続いていた。
こんな天気の日は、ヤブガラシの花はどうなっているのだろう。

早朝に、雄しべと花弁の付いたヤブガラシの花を見ることができた

 昨日は、昼過ぎに平和公園へ行ったので、花盤がオレンジ色のヤブガラシの花を見ることができなかった。

ヤブガラシの花は早朝に咲く。
咲いてすぐのヤブガラシの花盤はオレンジ色で、4本の雄しべと4枚の淡い緑色の花弁がまだ付いているという。

2016/07/30

ヤブガラシの不思議な花

ヤブガラシ
平和公園のヤブガラシ。

夏になると、蔓性の野草が勢いよくのびる。
野葡萄、ガガイモヘクソカズラ、そしてヤブガラシなど。
ヤブガラシの葉は特徴的だ。
5小葉の鳥足状複葉で、蔓性の茎から互生している。
小葉は、下の写真の通り、先のとがった卵型。

2016/07/29

そんなに臭く無かったヘクソカズラ

ヘクソカズラ
ヘクソカズラの花が咲いている。

堤小学校の校庭の北側にドウダンツツジの生垣がある。
その生垣の東角に、ヘクソカズラの蔓が巻き付いていて、今が花盛り。

小さな花だが、よく見ると可愛い姿をしている。
花は釣鐘状で白く、花の先が浅く5裂している。

2016/07/27

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

芭蕉が亡くなったとされる元禄7年10月12日の日時は旧暦である。
新暦(グレゴリオ暦)では1694年11月28日となっている。
木枯らしが吹く初冬の大坂(大阪)でのことだった。
臨終の床は、久太郎町御堂ノ前、花屋仁右衛門貸座敷と伝えられている。
享年51歳。

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

2016/07/26

月澄むや狐こはがる児の供

稚児(児:ちご)には、男色の対象とされる若い男性という意味があるとか。
芭蕉の句に登場する「児」は、少年愛の対象であると言われている。
それは下記の句が、句会に参加した七人が七種(ななくさ)の恋を題にして、各々即興句を作ったという事による。
この句会の七人とは、洒堂(しゃどう)、支考(しこう)、憔然(せいぜん)、泥足(でいそく)、之道(しどう)などである。

2016/07/25

商売繁盛の守護神が鎮座する「諏訪の宵宮」はたくさんの参拝客で大賑わい

提灯
今日の夕は、成田山青森寺の「流燈会」と同時に行われている諏訪神社の宵宮。
「諏訪の宵宮」として、周辺の住民に親しまれている。
灯篭流しを見物したあとは、宵宮見物。
諏訪神社の参道は、参拝客の行列で大変な賑わい。

成田山青森寺の大祭「流燈会」の灯篭流しを見物

「流燈会」の櫓
今日は、成田山青森寺(せいしんじ)の大祭が行われる日。
「流燈会(りゅうとうえ)」と呼ばれている灯篭流しを見物した。
「流燈会」は隣接する諏訪神社の宵宮と同日に行われる。
したがって、青森寺や諏訪神社の前の通りは、たくさんの人出で大変な賑わいだった。

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