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東京江戸巡り|小金井・両国・国分寺

【「八王子千人同心組頭の家」。思いのほか、質素だった。

親戚の用事で上京した。
日程は、13日から14日の2日間。
その空き時間を利用して、東京江戸巡りを楽しんだ。
去年の上京に引き続いて、「江戸散歩」は2度目である。

6月13日

まず、東京駅から中央線に乗って、武蔵小金井まで。
広大な小金井公園の一角にある、「江戸東京たてもの園」を見物した。

敷地面積は約 7 ヘクタールという広さで、すべてを見て回るには時間も体力も足りそうにない。
そこで今回は、江戸時代前期から昭和中期までの、移築した建物群のなかで、江戸時代の建物を中心に巡ることにした。

吉野家、綱島家、天明家といった豪農の屋敷を見て回った。
どれも広大な敷地に立派な造りで、「名主」としての風格が感じられた。

青森県の農村の古民家では、母屋に馬屋が組み込まれていることが多いが、これらの農家には馬屋が見当たらなかった。

津軽地方では馬は家族同然で、家の中で共に暮らした。
けれどもこちらでは馬屋を別棟にするのが普通であるらしい。

同じ農家でも、風土や暮らし方で、住む「形」が変わる。
古い農家の佇まいが、江戸と津軽の「生活思想」の違いを感じさせている。

展示されている農家では、特に天明家が冨農だったようで、長屋門まである。
長屋門から母屋までのアプローチが長く、庭も広くて立派だった。

吉野家も大農家だったらしく、広い間取りを持っている。
名字帯刀が許されてあったのか、長押に槍が飾ってあった。

これらの建物のなかでは、質朴な造りの「八王子千人同心組頭の家」に魅力を感じた。
武士が暮らす質素な家という印象を受けた。
ちなみに千人同心とは、八王子に配備された約千人の下級武士の組織のこと。
もちろん全員がこの組頭の家に寝泊まりしていたわけではなく、普段は各自の家で半農半士の生活を送っていたという。
一瞬「ここに千人も…?」と勘違いして、おかしな空想をしてしまった。

江戸時代の町屋や裏長屋や武家屋敷もあるのかなと期待していたが、今回のひと回りでは見かけなかった。


次に、小金井から両国へ向かった。
「江戸東京博物館」見物である。
「江戸東京博物館」は、去年、両国近辺を散歩したときは、改装工事中だった。
今年の3月31日に、リニューアルオープンしたとのこと。

ここも広大。
江戸時代から現代に至るまでの、東京の歴史や文化を、実物資料や精巧な復元模型を通して見物できる施設になっているとのこと。
展示物が多岐多様に渡って掲示されてあるので、目まぐるしい。

江戸時代の町並みや、そこを通行する町民(武士も含めて)の様子を再現したジオラマに見入ってしまった。
人々の行き交いが、リアルに表現されている。
屋台で買い物をする者、急ぎ足の武士。
ぼて振りの息遣いや子どもたちの笑い声まで聞こえてくるようだった。
自分もこの人混みに紛れて、江戸の往来を見物出来たら、どんなに楽しいだろう。
そんな空想に浸った。

この幻の町に登場している一人一人を、じっくり眺めていたら日が暮れてしまう。
でも、見飽きない。
江戸空間の様々な物語が、処々で感じられた。

また実物大の「棟割長屋(むねわりながや)」模型コーナーも興味深かった。
もっとも、そこに漂っている生活感は「深川江戸資料館」の方が、いくぶん濃かったように思う。

6月14日

国分寺駅の近くに用事があったので、わずかな時間だったが、国分寺公園の側にある「お鷹の道」や「真姿の池湧水群」を散歩した。
緑に囲まれた短い遊歩道の傍らに、いくつかの「湧水」箇所があり、心地よい散歩が楽しめた。
都会の夏の暑さも忘れるような、清々しい空気に触れることができた。

「お鷹の道」の先に、「武蔵国分寺跡資料館」があった。
ガイドの方が門前で、いろいろと説明されていて、面白そうだったが、時間がない。
現在の「武蔵国分寺」をちょっと覗いて、国分寺駅にもどった。
「お鷹の道」散歩は、わずかな時間だったが、江戸の気配の残る一角を歩けて有意義であった。

綱島家の土間。大きな竈と、天井の無い広い空間。

綱島家の土間を、囲炉裏のある板の間から眺める。

「江戸東京博物館」へのエントランス。

江戸の通りのジオラマ。

橋の袂の広場のジオラマ。

自宅で仕事に励む指物師(実物大模型)。

寺子屋の先生と子ども達の模型(実物大模型)。

日本橋のお祭り。

要所要所に掲げられた「山王日枝神社例大祭」の幟。

現在の「武蔵国国分寺」。

「お鷹の道」遊歩道。

今回歩いた範囲での印象に過ぎないが、江戸も東京も、広大な消費都市であると同時に、多様な娯楽と、安息の緑地を内包している都市、また、「山王日枝神社例大祭」のような信仰の篤い祭り都市であると感じた。

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