小泉吉宏の掌編小説「喋る男」が面白い
「喋る男」は文庫本でわずか3ページという極めて短い小説である。
だが、読んでみると、その面白さは長く尾を引く。
よくこんな物語を思いつくものだと、読後の余韻が続く掌編小説である。
では、この小説のどこがそんなに面白いのか。
私には、この奇妙な物語が、生活感あふれる地味な日常に着地するところが、非常に面白く感じられた。
一般にショートショートとは、奇抜なアイデアと意外な結末を持つ非常に短い小説とされている。
「喋る男」には、そういう要素も見受けられるが、結末自体はいたって平凡なドラマであった。
物語には、無口な男を腹話術で喋らせるという異様な女が登場する。
「二人の子供がいる離婚歴のある女性」である女の企みは、「家庭を持ちたい」という、ありきたりな願望のようにみえる。
叔父さんに腹話術が見破られ「結婚はゆるさん!」と言われると、「お前にわたしの苦労がわかるか」と切り返し、最後には、「ふん、男はこいつだけじゃない」と捨て台詞を吐いて去っていく。
ありふれた男女関係の破綻で、物語の幕を閉じる。
もしこの女が、もっと奇怪な存在であったら、物語はホラーに傾いて、読者を不安にさせたことだろう。
結局のところ奇抜で意外だったのは、無口な男を、女が腹話術で喋らせて操ろうとしたことだけである。
そこには、仕掛けられた「非日常」があるものの、男が生来の無口に戻ることで、物語はあっけなく「日常」へ引き戻される。
女は、妖術使いなのか、ただの腹話術使いなのか。
どちらにしても、「非日常(恐怖)」と「日常(滑稽)」の境界があいまいなまま、「非日常」が「日常」へ取り込まれてしまうところが、この小説の面白さではないだろうか。
ただ一点、「もう三百七十五年分も話を聞かされた」などの大仰な表現だけは、違和感を覚えた。
「三百七十五年分」や「百八十年分」が、この平凡な着地点から少し浮いているように感じられるのだ。
※赤文字部分 「喋る男」からの引用
創元推理文庫「選んで、語って、読書会 2」収録 「喋る男」小泉吉宏
