焼肉レストランにて「~になります」のお話

外食はめったにしない。
ずっと自炊をして食べてきた。
それが、高齢になるとだんだんと面倒になってくる。
いつも独りの、アパートの部屋で食べるのも味気ない。

たまには外食をして、心機一転と思った。
スーパーへ行く途中の焼肉レストランに入った。
買い物の行き帰りに、美味しそうな匂いがしていたからだった。

カルビ。
店内は家族連れでいっぱい。
休日の夕食時だから無理もない。
独り者の私は気後れした。
このまま引き返そうかなと思った。
すると若い女性店員が私の方へ近づいてきた。

「御一人様でしょうか?」
「はい」
「それでは、お席にご案内してもよろしいでしょうか。」
「はい」
奥に案内された。

トイレの表示のある通路の前で女性店員は足をとめた。
「お席は、こちらになります。」
笑顔で言った。
笑顔になると口が大きい。

「えっ?」
困惑は、突然訪れる。
私は驚いた。
こんな扱いを受けるとは。
みすぼらしい身なりが良くなかったのか。
スーパーや銭湯に出かけるならまだしも。
焼肉屋といっても、今風のレストランなのだ。
もうちょっとイイものを着てくるべきだった。
私は、仕方なく通路に腰をおろした。

女性店員は、あわてて言った。
「あっ、お客様、こちらへおかけください。」
すぐそばの壁際に、二人席があった。
なるほど、こっちが席になっているのか。
女性店員は、口を大きくあけて、しばらく私を見つめていた。
口も大きいが目も大きい。

「こちら、メニューになります。」
腰掛けた私に、女性店員が漫画本を手渡して言った。
「お決まりになりましたら、お知らせください。」
「こちら、呼び鈴になります。」
女性店員はテーブルの片隅を、バスガイドのように手の平で指し示した。
私は漫画本を見ながら、それがメニューになるのを待った。
そして、テーブルの上の呼び鈴が鳴るのを待った。

「お客様、まちがいました!」
女性店員が長い脚で駆け寄ってきて、私から漫画本を取り上げた。
「失礼しました、こちらがメニューになります。」
彼女は、すでにメニューになっているものを私に手渡して非礼を詫た。

「とりあえず生ビールとカルビ一人前ね。」
「はい、失礼しました。」
女性店員は、ふたたび非礼を詫た。
そして、すぐにジョッキを持ってきた。
「こちら、生ビールになります。」
ジョッキの中に、淡く澄んだ小麦色の液体が入っていた。
その上部が、細かく泡立っている。
もうすでにビールになっていた。

私は、久しぶりの生ビールを味わった。
老人仲間の忘年会以来だから、もう七ヶ月ぶりだろうか。
女性店員が白い皿を両手に持って私の席にきた。
「こちら、カルビになります。」
私は思い切って女性店員にたずねた。
「じゃ、まだカルビじゃないんですか?」

彼女は、ちょっと考えてから口を開いた。
「はい、まだ生肉です。」
彼女は、平然として言った。
「アミでお焼きになれば、美味しいカルビになります。」
なるほど、それなりの「~になります」だったのだ。
私はようやく、この女性店員の「~になります」に納得することができた。

「失礼しました。」
幾度めかの非礼を詫て、女性店員は何事もなかったかのように去っていった。

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