◆松尾芭蕉年代順発句集

私はこれまで、松尾芭蕉の俳諧を読んで感じたことをこのブログの記事にしてきました。
このページは、それらの記事を発句の作成年代順にまとめたリンク集です。
新しい記事が増えれば、このページも更新されます。
【2018年4月23日現在166句】

俳諧については素人の私ですが、それは、俳諧から受けた感想を記事にするうえでの妨げにはなりません。
私にとって、芭蕉の俳諧世界に興味を感じることは、現代の出来事に興味を感じるのと同じことです。
それは、私のなかで、自然や生活や人の生き方に接する上での「ものの見方」を考えるヒントになっていると思います。

この「まとめページ」でリンクされた記事は、芭蕉の句の「解釈」ではありません。
私が、芭蕉の俳諧によって思い描いたイメージを、ブログ記事として書いたものです。
そのため、世間一般に「定説」として普及しているいくつかの「解釈」とは、異なった内容になっているものが多くあります。
「トーシロの空想」に過ぎないかもしれませんので、誤解無きようよろしくお願い申し上げます。

1644年(正保元年) 出生

伊賀上野赤坂町(現在の三重県伊賀市上野赤坂町)に生まれたとされている。
幼名は金作、後に宗房(むねふさ)を名乗る。
父の名は、松尾与左衛門。
長兄は、松尾半左衛門命清(のりきよ)
俳諧に興味を抱いたのは、十代後半からと推測されている。

1662年(寛文二年) 19歳


1664年(寛文四年) 21歳


1667年(寛文七年) 24歳


1672年(寛文十二年) 29歳

この年の春、江戸に出る。

1677年(延宝五年) 34歳


1680年(延宝八年) 37歳

冬に、江戸都心小田原町より深川村の草庵に居を移す。最初の庵号は「泊船堂」、後に「芭蕉庵」。

1681年(天和元年) 38歳


1682年(天和二年) 39歳

十二月二十八日、江戸駒込大円寺を火元とする大火で「第一次芭蕉庵」全焼。

1683年(天和三年) 40歳

(春)花にうき世我酒白く飯黒し
(夏)馬ぼくぼく我を絵に見る夏野哉
冬に「第二次芭蕉庵」建つ。
(冬)霰聞くやこの身はもとの古柏

1684年(貞享元年) 41歳

八月から「野晒紀行」の旅に出る。
(8月)野ざらしを心に風のしむ身哉
(8月)道のべの木槿は馬にくはれけり
(8月)馬に寝て残夢月遠し茶の煙」
(9月)蔦植て竹四五本のあらし哉
(9月)秋風や薮も畠も不破の関
(9月)死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮
(11月)明ぼのや白魚しろきこと一寸
(12月)海暮れて鴨の声ほのかに白し
(12月)馬をさへながむる雪の朝哉

1685年(貞享二年) 42歳

(2月)春なれや名もなき山の薄霞
(2月)水取りや氷の僧の沓の音
(3月)山路来て何やらゆかし菫草
(3月)辛崎の松は花より朧にて
四月末に「野晒紀行」の旅を終えて江戸に帰着。

1686年(貞享三年) 43歳

この年は、一年中第二次芭蕉庵在住
(春)古池や蛙飛び込む水の音
(3月)花咲て七日鶴見る麓哉
(春)よく見ればナズナ花咲く垣根かな
(8月)名月や池をめぐりて夜もすがら
(冬)瓶割るる夜の氷の寝覚め哉
(冬)年の市線香買ひに出でばやな

1687年(貞享四年) 44歳

(春)花の雲鐘は上野か浅草か
(夏)五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん
(夏)酔うて寝ん撫子咲ける石の上
八月十四日、「鹿島紀行」の旅に出る。
(8月)月はやし梢は雨を持ちながら
(8月)賤の子や稲すりかけて月を見る
八月中旬、深川に帰庵す。
(秋)蓑虫の音を聞きに来よ草の庵
(秋)ものひとつ我が世は軽き瓢哉
(秋)痩せながらわりなき菊のつぼみ哉
(10月)旅人と我が名呼ばれん初時雨
十月二十五日、「笈の小文」の旅に出る。
(11月)京まではまだ半空や雪の雲
(11月)星崎の闇を見よとや啼千鳥
(11月)寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき
(11月)冬の日や馬上に凍る影法師
(11月)鷹ひとつ見つけてうれしいらご崎
(11月)磨なをす鏡も清し雪の花
(11月)矯めつけて雪見にまかる紙子哉
(12月)いざ行かん雪見にころぶ所まで
(12月)箱根こす人も有らし今朝の雪
(12月)旅寐してみしやうき世の煤はらひ
(12月)香を探る梅に蔵見る軒端哉
(12月)徒歩ならば杖つき坂を落馬哉
(12月)旧里や臍の緒に泣くとしの暮れ

1688年(元禄元年) 45歳

(1月)二日にもぬかりはせじな花の春
(1月)春立ちてまだ九日の野山哉
(2月)丈六にかげろふ高し石の上
(2月)何の木の花とはしらず匂哉
(2月)梅の木に猶やどり木や梅の花
(2月)御子良子の一もとゆかし梅の花
(2月)物の名を先づとふ芦の若葉哉
(2月)いも植えて門は葎の若葉かな
(2月)此山のかなしさ告よ野老掘
(2月)神垣やおもひもかけずねはんぞう
(2月)裸にはまだ衣更着の嵐哉
(春)さまざまのこと思ひ出す桜哉
(春)手鼻かむ音さへ梅の盛り哉
(春)枯芝やや ゝかげろふの一二寸
(3月)よし野にて桜見せふぞ檜の木笠
(3月)春の夜や籠り人ゆかし堂の隅
(3月)雲雀より空にやすらふ峠かな
(3月)龍門の花や上戸の土産にせん
(3月)酒飲みに語らんかかる滝の花
(3月)扇にて酒くむ陰や散る桜
(3月)ほろほろと山吹散るか滝の音
(3月)さびしさや花のあたりのあすならふ
(3月)桜狩り奇特や日々に五里六里
(3月)日は花に暮れてさびしやあすなろう
(3月)春雨の木したにつたふ清水哉
(3月)花盛り山は日ごろの朝ぼらけ
(3月)なほ見たし花に明け行く神の顔
(3月)父母のしきりに恋し雉の声
(3月)行く春に和歌の浦にて追ひつきたり
(4月)一つ脱いで後に負ひぬ衣更
(4月)月はあれど留守のやうなり須磨の夏・月見ても物足らはずや須磨の夏
(4月)海士の顔先見らるゝやけしの花
(4月)須磨のあまの矢先に鳴くか郭公
(4月)須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ
(4月)ほととぎす消行方や嶋一つ
(4月)蛸壺やはかなき夢を夏の月
四月二十日頃、「笈の小文」の旅を須磨で終える。その後、京都、伊賀、岐阜、大津、名古屋を周遊する。
(夏)おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉
(7月)あの雲は稲妻を待つたより哉
(7月)旅に飽きてけふ幾日やら秋の風
八月十一日、岐阜を発って「更科紀行」の旅に出る
(8月)草いろいろおのおの花の手柄かな
(8月)吹き飛ばす石は浅間の野分哉
八月下旬、江戸帰着。

1689年(元禄二年) 46歳

(2月)かげろふの我が肩に立つ紙子哉
(3月)草の戸も住み替はる代ぞ雛の家
三月二十七日、深川より出船。奥州行脚(おくのほそ道)に発つ。
(3月)行く春や鳥啼き魚の目は泪
(4月)あらたふと青葉若葉の日の光
(4月)田一枚植ゑて立去る柳かな
(5月)島々や千々に砕きて夏の海
(5月)閑さや岩にしみいる蝉の声
(6月)雲の峰幾つ崩れて月の山
(6月)暑き日を海に入れたり最上川
(7月)荒海や佐渡に横たふ天の河
(7月)一家に遊女も寝たり萩と月
(7月)あかあかと日は難面くも秋の風
(7月)塚も動け我泣声は秋の風
(8月)石山の石より白し秋の風
九月六日、「おくのほそ道」の旅を岐阜大垣で終えて、芭蕉は伊勢へ向かい、上方を漂泊する。江戸へ戻ったのは、元禄四年十月二十九日。
(初冬)初時雨猿も小蓑を欲しげなり

1690年(元禄三年) 47歳

(2月)物好きや匂はぬ草にとまる蝶
(夏)己が火を木々の蛍や花の宿
(6月)京にても京なつかしやほととぎす
(夏)やがて死ぬけしきは見えず蝉の声
(8月)月見する座にうつくしき顔もなし
(9月)病雁の夜寒に落ちて旅寝哉
(9月)海士の屋は小海老にまじるいとど哉

1691年(元禄四年) 48歳

(春)山吹や宇治の焙炉の匂う時
(4月)能なしの眠たし我をぎやうぎやうし
(7月)行く春を近江の人と惜しみけり
(7月)不精さや掻き起こされし春の雨
(8月)十六夜や海老煮るほどの宵の闇
(10月)葱白く洗いあげたる寒さかな
十月二十九日、上方漂泊を終えて江戸帰着。
(11月)留主の間に荒れたる神の落葉哉

1692年(元禄五年) 49歳

(1月)人も見ぬ春や鏡の裏の梅
(春)猫の恋やむとき閨の朧月
五月中旬、第三次芭蕉庵に入居する。
(8月)名月や門に指し来る潮頭
(8月)三日月に地は朧なり蕎麦の花
(11月)月花の愚に針たてん寒の入り
(11月)埋火や壁には客の影法師
(冬)炉開きや左官老い行く鬢の霜

1693年(元禄六年) 50歳

(1月)年々や猿に着せたる猿の面
(夏)夕顔に酔うて顔出す窓の穴
(10月)菊の香や庭には切れたる履の底
(10月)老いの名の有りとも知らで四十雀
(冬)寒菊や粉糠のかかる臼の端

1694年(元禄七年) 51歳 芭蕉没年

(春)梅が香にのつと日の出る山路哉
(3月)明日の日をいかが暮らさん花の山
(3月)四つ五器のそろはぬ花見心哉
(春)春雨や蜂の巣つたふ屋根の漏り
(4月)卯の花や暗き柳の及び腰
(5月)紫陽花や藪を小庭の別座舗
五月十一日、帰郷の途に就く。
(5月)世を旅に代搔く小田の行き戻り
(6月)六月や峰に雲置く嵐山
(6月)湖や暑さを惜しむ雲の峰
(6月)皿鉢もほのかに闇の宵涼み
(7月)道ほそし相撲取り草の花の露
(7月)稲妻や闇の方行く五位の声
(9月)菊の香や奈良には古き仏達
(9月)秋の夜を打ち崩したる咄かな
「9月)床に来て鼾に入るやきりぎりす
(9月)人声や此道帰る秋の暮
(9月)此道や行人なしに秋の暮
「9月)松風や軒をめぐって秋暮れぬ
(9月)この秋は何で年寄る雲に鳥
(9月)白菊の目に立てて見る塵もなし
(9月)月澄むや狐こはがる児の供
(9月)秋深き隣は何をする人ぞ
(10月)旅に病んで夢は枯野をかけ廻る
(10月)清滝や波に塵なき夏の月・清滝や波に散りこむ青松葉
十月十二日、大坂(大阪)御堂筋の旅宿「花屋仁左衛門」の離れで永眠。芭蕉の遺骸は、夜に淀川を河舟で伏見まで上る。明けて十三日の朝、伏見を発って昼過ぎ膳所の義仲寺に遺骸を運び入れる。十四日に葬儀が行われ、境内に埋葬された。

作年次未詳発句

雑水に琵琶聴く軒の霰哉
奈良七重七堂伽藍八重ざくら
烏賊売の声まぎらはし杜宇
物いへば唇寒し穐の風

私の作文

「おくのほそ道」以降、上方漂泊期の芭蕉の足どり
なぜ芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」という句が面白いのか
なぜ「古池や」なのか、「古池」とは何か?
なぜ芭蕉は「山吹」を退けて「古池」を思い浮かべたのか?
人口に膾炙する
芭蕉の個別の発句を独断的に関連付けてみる試み

■参考文献
「芭蕉年譜大成(新装版)」著:今榮藏 角川学芸出版
「岩波 古語辞典 補訂版」編:大野晋 佐竹昭広 前田金五郎  岩波書店
「芭蕉」 著:伊藤善隆 (コレクション日本歌人選034)笠間書院
「なぜ芭蕉は至高の俳人なのか」 著:大輪靖宏 祥伝社
「芭蕉のこころをよむ」著:尾形仂 角川ソフィア文庫
「おくのほそ道(全)」著:松尾芭蕉 武田友宏 角川ソフィア文庫
「悪党芭蕉」嵐山光三郎著 新潮社
「野沢凡兆の生涯(芭蕉七部集を中心として)」著:登芳久 さきたま出版会
「芭蕉の風雅ーあるいは虚と実についてー」著:長谷川櫂 筑摩書房

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