与謝蕪村 蕪村のリアルな視線「五月雨や滄海を衝く濁水」 蕪村の五月雨の句 与謝蕪村の有名な五月雨(さみだれ)の句に、「五月雨や大河を前に家二軒」がある。 私は、この句に詩的なイメージよりも現実的な恐怖感のほうを強く感じてしまう。 それは、この句を読むと近年に発生した西日本の集中豪雨のことを思い出してしまうからだ。 蕪村は、... 2018/11/23
与謝蕪村 水深く利鎌ならす真菰刈 真菰(まこも)の思い出 子どもの頃、水田の用水路の泥底から生えた細長い草の茎を食べたことがあった。 歯で茎の皮をかじって剥いて、その白い芯を食べていた。 美味しいものではなかったが、不味くもなかった。 かすかに甘みが感じられるクセのない味。 新鮮なネマガリタケのタ... 2018/03/22
与謝蕪村 「朝がほや一輪深き淵の色」与謝蕪村 アサガオは夏の季語だと思っていたが、実は秋だった。 アサガオの花は、現代の新暦だと、咲く時期は夏である。 季語の素となっている旧暦の二十四節季に照らすと、8月7日頃が立秋となっている。 そのため、アサガオの花の最盛期である8月は秋に分類される。 というわけで「... 2015/09/30
与謝蕪村 「門を出ればわれも行人秋のくれ」与謝蕪村 この地方の秋も深まってきた。 一昨日のニュースでは、北海道の大雪山系旭岳で本格的に雪が積もりだしたという。 となれば、青森の八甲田山に雪が積もるのも、あと4週間後ぐらいだろうか。 雪の便りを聞くと、秋の深まりを感じる。 秋の深まりを感じると、旅情に駆られる... 2015/09/30
松尾芭蕉 , 与謝蕪村 蕪村の内省と芭蕉の発散 春雨やもの書 (かか) ぬ身のあはれなる 与謝蕪村 蕪村62歳頃の句だとされている。 私が、この句と対応しているように感じる芭蕉の句に 「不精さや掻き起されし春の雨」 というのがある。 春の雨には催眠作用があるのか、うとうとと寝入ってしまった芭蕉の姿... 2015/04/08
与謝蕪村 与謝蕪村の雛祭り「雛祭る都はづれや桃の月」 桃の花。 「ひな祭りイラスト素材」 より。 今は、時期的には厳冬期。 でも、青森はこのところ春めいている。 来る日も来る日も雪降り、という頃なのに。 道路の雪が融け出して、乾いたアスファルトが顔をのぞかせている。 吹雪の中で、春を待ち望む。 春は雛祭りととも... 2015/02/06
与謝蕪村 「山は暮れて野は黄昏(たそがれ)の薄(すすき)かな」与謝蕪村 暮れかかる晩秋の山。 晩秋の山は早い時刻から暮れかかる。 山から下りて、山の方を振り返ったら、まだ陽は沈んでいないが、山は暗くなりつつあった。 背後の山が暮れていくのを感じながら、山麓の野を歩く。 黄昏の野に、ススキが黄金色に輝いている。 この温かそうなスス... 2014/11/30
与謝蕪村 堤と尾根と遠い家「春風や堤長うして家遠し」 春風や堤長うして家遠し 与謝蕪村 残雪の山の尾根を歩いているとき、よくこの句が思い浮かぶ。 春の風に吹かれて、独りで長い尾根をスキーで登ったり下ったりしていると、ふとこの句が頭をよぎる。 2014/04/15
与謝蕪村 家路を急ぐ旅人に初ざくらの出迎え 春に入ったとはいえ、北国では、まだ寒い日が続いている。 その北国から延びている街道を南へ向けて下る旅人。 冬の名残の寒さに追われるように、家路に向かって足を急がせている。 担いでいる大きな荷物には、冬物の衣類などが入っているのだろう。 2014/04/04
与謝蕪村 「春雨や暮れなんとしてけふもあり」与謝蕪村 日が落ちて、今日も暮れようとしている。 こうしてずっと前から、一日一日が過ぎてきたのに、暮れようとしているのは今日だけのように思えるのはなぜだろう。 昨夕はどんな暮れ方だったか。 おとといの夕方は、どんな暮れ方だったか。 なんてのは、遠い昔のことのようだ。 今... 2014/04/02