◆野沢凡兆

凡兆の俳諧を読み進めていくなかで、私はあることに気がついた。
それは、江戸時代に暮らす人々の「季節感」のこと。
江戸時代の人々にとって「季節」とは、様々な「情報(言葉)」を発信してくれる「メディア」のようなものだったのではあるまいか。
人々は暮らしのなかで、春夏秋冬の「季節」から「言葉(情報)」を受け取るなかで自身の情感を育てていった。
そんな「季節」に対する感覚が、俳諧という文芸を支えていたのではあるまいか。

現代では、テレビやネットによる映像情報、多種多様な印刷物による文字情報、ラジオによる音声情報などがあふれている。
そんな環境の中に暮らしている私たちは、江戸俳諧の世界から、遠く隔たった場所にいる。

機械文明や物質によって精神世界を支えられている私たちは、ほんとうにピュアな江戸俳諧を楽しむことができるのだろうか。
という疑問も、私のなかに芽生えつつある。

江戸時代の季節感覚は、正月とか節句とか、お花見とか月見とかで私達に受け継がれてはいるが、それは、江戸俳諧が作られた当時とは違う性質のもの。
季節そのものと向き合っていた江戸時代の年中行事。
現代では、消費活動を活発にするためのイベントという側面が強い。

そんな環境で生活している私なのだが、それでも江戸俳諧は魅力的である。
それは、江戸時代への郷愁か。
それとも、よりピュアな精神性を求めてか。
あるいは、他の何か。
近頃は、上記のようなことを考えながら野沢凡兆の俳諧を読んでいる。

さて。
このページは、このブログで野沢凡兆の句について書いた記事をまとめたものです。
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※「句の表記」は、一般に流布しているものを採用しました。
 読み仮名はブログ管理人の「理解」です。
 かならずしもこうであるということを示すものではありません。

野沢凡兆の俳諧

(43)布さらすうすや川辺冬木立
   「ぬのさらす うすやかわべの ふゆこだち」

(42)稲かつぐ母に出迎ふうなひ哉
   「いねかつぐ ははにでむかふ うなひかな」

(41)蜻蛉の藻に日を暮す流れかな
   「とんぼうの もにひをくらす ながれかな」

(40)若草に口ばしぬぐう烏かな
   「わかくさに くちばしぬぐう からすかな」

(39)五月雨や苔むす庵のかうの物
   「さみだれや こけむすあんの かうのもの」

(38)明ぼのやすみれかたぶく土龍
   「あけぼのや すみれかたぶく うごろもち」

(37)くだけたる船の湊やほととぎす
   「くだけたる ふねのみなとや ほととぎす」

(36)川水や汐つき戻すほととぎす
   「かわみずや しおつきもどす ほととぎす」

(35)たがために夜るも世話やくほととぎす
   「たがために よるもせわやく ほととぎす」

(34)枝に居てなくや柞のほととぎす
   「えだにいて なくやははその ほととぎす」

(33)京はみな山の中也時鳥
   「きょうはみな やまのなかなり ほととぎす」

(32)はなちるや伽藍の樞おとし行
   「はなちるや がらんのくるる おとしゆく」

(31)鶯や下駄の歯につく小田の土
   「うぐいすや げたのはにつく おだのつち」

(30)禅寺の松の落葉や神無月
   「ぜんでらの まつのおちばや かんなづき」

(29)鶏の声もきこゆる山さくら
   「にわとりの こえもきこゆる やまさくら」

(28)秋風の仕入れたを見よ枯れ尾花
   「あきかぜの しいれたをみよ かれおばな」

(27)あばらやの戸のかすがいよなめくじり
   「あばらやの とのかすがいよ なめくじり」

(26)五月雨に家ふり捨ててなめくじり
   「さみだれに いえふりすてて なめくじり」

(25)朝露や鬱金畠の秋の風
   「あさつゆや うこんばたけの あきのかぜ」

(24)吹風の相手や空に月ひとつ
   「ふくかぜの あいてやそらに つきひとつ」

(23)まねきまねきあふごの先の薄かな
   「まねきまねき あふごのさきの すすきかな」

(22)砂よけや蜑のかたへの冬木立
   「すなよけや あまのかたへの ふゆこだち」

(21)鷲の巣の楠の枯枝に日は入りぬ
   「わしのすの くすのかれえに ひはいりぬ」

(20)骨柴のかられながらも木の芽かな
   「ほねしばの かられながらも きのめかな」

(19)かさなるや雪のある山只の山
   「かさなるや ゆきのあるやま ただのやま」

(18)水鳥や嵐の浪のままに寝る
   「みずどりや あらしのなみの ままにねる」

(17)肌寒し竹切る山の薄紅葉
   「はださむし たけきるやまの うすもみじ」

(16)灰捨てて白梅うるむ垣根かな
   「はいすてて しらうめうるむ かきねかな」

(15)雪ふるか燈うごく夜の宿
   「ゆきふるか ともしびうごく よるのやど」

(14)捨舟のうちそとこほる入江かな
   「すてぶねの うちそとこほる いりえかな」

(13)上行と下くる雲や穐の天
   「うえゆくと したくるくもや あきのそら」

(12)日の暑さ盥の底の蠛かな
   「ひのあつさ たらいのそこの うんかかな」

(11)剃刀や一夜に金情て五月雨
   「かみそりや ひとよにさびて さつきあめ」

(10)物の音ひとりたふるる案山子かな
   「もののおと ひとりたふるる かかしかな」

(09)渡り懸て藻の花のぞく流哉
   「わたりかけて ものはなのぞく ながれかな」

(08)ほととぎす何もなき野の門ン構
   「ほととぎす なにもなきのの もんがまえ」

(07)灰汁桶の雫やみけりきりぎりす
   「あくおけの しずくやみけり きりぎりす」

(06)下京や雪つむ上の夜の雨
   「しもぎょうや ゆきつむうえの よるのあめ」

(05)呼かへす鮒売見えぬあられ哉
   「よびかへす ふなうりみえぬ あられかな」

(04)時雨るるや黒木つむ屋の窓明り
   「しぐるるや くろきつむやの まどあかり」

(03)ながながと川一筋や雪野原
   「ながながと かわひとすじや ゆきのはら」

(02)藏並ぶ裏は燕のかよひ道
   「くらならぶ うらはつばめの かよひみち」

(01)市中は物のにほひや夏の月
   「いちなかは もののにほひや なつのつき」

■参考文献
「野沢凡兆の生涯(芭蕉七部集を中心として)」著:登芳久 さきたま出版会
『凡兆 ー「猿蓑」後の問題ー』著:間渕圭子 東京女子大学 学術情報リポジトリ
「岩波 古語辞典 補訂版」編:大野晋 佐竹昭広 前田金五郎  岩波書店