幽霊を見た!
寝室の窓の外に女性の幽霊が
幽霊を見た。夜中に目がさめて、なにげなく窓に目をやったら、窓の外に立っていたのである。
髪の長い女の幽霊が。
女性が立っていたのは、マンションの7階の窓の外で、とても人間の通行人が行き来できる場所ではない。
あれは、幽霊だ。
幽霊に間違いない。
同僚の忠告
居酒屋で職場の同僚と飲みながら、彼にそのことを話したら、意外と真面目な顔で訊いてきた。「たしかにおまえは幽霊を見たようだが、その女性はおまえを見ていたのか?」
はて、どうだっただろう。
なにしろこんなことは初体験で、びっくり仰天してばかりで、よく覚えていない。
布団に潜って、聞きかじりのお経を唱えてふるえていたのだった。
そんな状態で、どのぐらいの時間を過ごしたのかも覚えていない。
覚えているのは、女性の幽霊が窓の外に立っていたということだけ。
「その女幽霊がおまえを見ていなかったとすると、それは、ただの通りすがりの幽霊だね」
同僚は自信ありげに続けた。
「おまえに恨みを持っている霊ではないので、もう出ないよ。もしお前に恨みを持っている霊なら、恐ろしい形相でおまえを睨むはずだ」
窓のカーテン
同僚の話のほうが恐ろしかった。彼の話のせいで、恐ろしい形相の霊のイメージが頭から離れない。
四六時中、あの女性の霊におびえる破目になってしまった。
もちろん女性に恨まれるような覚えは、まったくない。
それから、夜中にちょくちょく目をさますようになった。
そして、こわごわ窓の外へ目をやるようになった。
私は、寝るときに窓にカーテンをしない。
カーテンを閉めて寝ると、朝、決まって遅刻をする。
光が射し込まないと、朝、起きれないタイプなのだ。
だが、窓の外に幽霊を見てからは、ますますカーテンを閉めれなくなった。
カーテンを閉めると、今度は幽霊が部屋の中に入って来そうな気がしてならないのだ。
幽霊は横目で何かを見ていた
そんな変な強迫観念におそわれなが数日が過ぎた夜だった。いつものように夜中に目をさましたら、窓の外に立っていた。
いつもの女性の幽霊だ。
同僚の話はあてにならない。
なぜなら、その幽霊は私を見てはいなかった。
もちろん。恐ろしい形相で私を睨めてもいなかった。
幽霊は、横目で何かを恨めしげに見ていたのだった。
私を見ていなくても、この幽霊は通りすがりの霊なんかじゃない。
「私を見ていなければ、通りすがりの霊で、もう出ないよ」という同僚の言葉には、なんの根拠もなかった。
こわごわながらも、そのことだけは確認できた。
それに、横目の幽霊もけっこう恐ろしい。
「また出たよ」
私は同僚に訴えた。
すると彼は、ビールを私のコップに注ぎながら「あ、そう」と、あっさりうなずいた。
「それじゃ、その幽霊は、おまえを見ていたんだね」
「いや、見ていなかった。横目で何かを見ていたようだった」
「その横目方向には何があるんだい?」
友人は落ち着いた口調で訊いてきた。
寝室の横はトイレだった。
窓のカーテンを閉めて寝ると・・・
「やっぱりカーテンして寝なよ」同僚は、皿から豚足をつまんで、それをかじりながら言った。
「カーテンをしたって、中には入ってこないよ。その幽霊は、窓の外の霊なんだからさ」
その訳知り顔には、妙な説得力があった。
そして、その訳知り顔にいつも騙されるのも事実だった。
私はその晩から、窓にカーテンをして眠ることにした。
夜中に目がさめても、窓の外はカーテンにおおわれて見えない。
だが、同僚の意見はことごとく外れた。
女性の霊は、今度は枕元に立っていた。
私は、恐怖のあまり身動きできずに金縛り状態におちいった。
やはり、同僚の言うことなんかあてに出来ない。
あいつは単なるホラ吹きだったんだ。
「アイツハホラフキ、アイツハホラフキ・・・・・」
恐怖の金縛りに襲われながら、私は頭のなかで「アイツハホラフキ」をお経のように繰り返した。
幽霊の忠告
「あんたさあ。」意外と若い声で、女性の霊が話しかけてきた。
「毎晩毎晩飲んでるみたいだけど、あんたのウンチ、ものすごくクセエんだよ、迷惑なんだよ」
スケバンのような口調だった。
「腸の中、悪玉菌がたまってんじゃないの」
カスピ海ヨーグルト
恐ろしかった。女性の幽霊も、腸の中の悪玉菌も。
それで毎日「カスピ海ヨーグルト」を食べることにした。
それ以来私は、あの女性の幽霊を見ていない。
なんだか腸の調子も良いようだ。
けっこう良い幽霊だったようだ。
顔も美人だったし。
あの幽霊にもういちど会いたい。