意味のない音と無意味なことば

「あなたを思えばこそ言ったんですよ。」とその男が言った。

私が考え事をしながら道を歩いていたら、前方からやってきた男にぶつかりそうになったのだ。
私の不注意なのだが、「どこ見て歩いてるんだよ。」と高飛車に言われると、ムカつく。
「おまえが避けて通ればいいだろう。」と身構えて睨んでしまった。
男は中年の勤め人風。
私は、遊人風。

その男のほうが、私をよく見ていなかったのだ。
私の風体をチェックしていれば、そんななめた口はきけなかったはず。
男の顔がちょっと困惑気味になって「あなたを思えばこそ言ったんですよ。」と言った。

「怪我でもしたら大変でしょう、前をよく見て歩いて下さいよ。」
私は、初対面の人に親身に思われるほど人懐っこい顔をしているわけではない。
その男は如才ない言葉で、その場を繕うとしたのだろう。

「その『くそ』って何だい。」と私が言った。
「えっ?・・・。」と男の目が宙を泳いだ。
目をパチパチ。
まるで目の中に虫が入ったみたいに。

「だから『思えばくそ』の『くそ』ってどういうことだい。」
「いや・・・、わたしは『思えばこそ』って言ったのですが・・・。」

たしかに私の耳は「こそ」という音を聞いたようだった。
だが私は「思えばこそ」というようなことばの使い方を知らなかった。

「くそ」のほうが私の日常に馴染んでいる。
「くそえらそうにしやがって!」とか「くそくらえ!」は私の口癖。
それで私の短絡な脳は、「くそ」にしてしまったようだった。

ところが、やっぱり「こそ」だった。
しかも「思えばこそ」なんて、なにがなにやら意味不明。

「じゃ、その『こそ』って、どういう意味だい?」
私はイラついて、その男に迫った。

「いや、そのー・・・、話の流れでそう言ったまでですよ。」
と男が言った。

ことばとは不思議なものだ。
ろくに意味も知らずに、勢いや流れで、つい口に出してしまう。
それが案外、自然に相手に伝わる。
相手も、そのことばの意味を知らないのだが、疑うこともなく了解する。
話し手は話の流れで言い、聞き手はそれを、心地よく聞き流してしまう。

「こそ」も、そういう音なのだ。
私の脳は、どんどん「こそ」の意味から遠のいて、「こそ」を音としてしか聞き分けられなくなっている。

するとその「こそ」が、「ガガ」とか「ゲゲ」とかのように、まったく意味のない音のように思えてくる。
この男が発した「こそ」という音には、いかなる意味もない。

この男の「こそ」は、自身では所有していない意味を、あたかも持っているかのごとく再現した音なのだろう。
そして多くの人は、自身の記憶にまだ残っているかすかな意味を、もっともらしく聞き流す。

だがその音は、ことばとしては無効になった音だ。
言っても無意味な音。
言っても言わなくても同じという空疎な響きの音。

そういう日常に慣れた勤め人と、そういう日常に無知な遊人が、ぶつかりそうになったというオハナシ。

突然、男のポケットで携帯電話が鳴る。
サンタナの「哀愁のヨーロッパ」。
前奏だけが虚しく繰り返される。
意味のないことばと、意味ありげな音。

「ことばはもう一度、音からやり直したほうがいい。」と言ったのはどなただったか。
チャンドラーで無いことは確かだ。
私は、チャンドラーの名文句なら、たいがい知っている、と思っている。

男は、ほっぺたに貼付けた携帯電話に向かって「はい、はい、」と言いながら、私の脇を足早に通り抜けた。
「はい、はい、はい・・・。」と言う安堵した背中が、目の前から遠ざかる。

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