2015/10/22

芭蕉の旅情「よるべをいつ一葉に虫の旅寝して」

「一葉」にはいろいろなイメージが含まれている。
一枚の写真を一葉の写真と言ったり。
「その部屋の畳の上には、一葉の古い写真が落ちていた」なんてね。

俳諧では、「一葉」とは桐の葉を指すとか。
「一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る」という故事・格言もある。
もっとも青桐の葉が落葉するころは、あたり一面、紅葉が最盛期で、天下は秋真っ盛りなのだ。
この格言が、「大仰な言い方の割には間が抜けている」という意味なら分かるのだが・・・・。

近くの公園にある青桐の葉。

一艘の小舟のことを、風流な言い回しで「一葉」と言うこともあるらしい。

そういえば、樋口一葉なんて方もいらっしゃった。

などと「一葉」について思いを巡らしていたら、次の句のイメージが湧いてきた。

よるべをいつ一葉(ひとは)に虫の旅寝して
松尾芭蕉

「よるべ」とは「寄る辺」と書いて、身を寄せるところとか、頼りにできるところとかの意。
頼みとする配偶者の意もある。

この句の「よるべ」は、岸辺をイメージしている。
虫の付いたまま桐の葉が落葉して、小舟のように水に流されていく様子を、芭蕉は「虫の旅」にたとえたのだろう。
「一葉」ときて「旅寝」とくれば、小舟で旅をしている「虫」にイメージがたどり着く。

虫とは毛虫のことだと思われる。
毛虫は春から夏にかけて、桜の葉などに大量発生するが、秋にも発生する。

余談だが、私は子どもの頃、秋口にイラガの幼虫に首の後ろを刺されてえらい目にあったことがある。
まるで蜂にでも刺されたような鋭い痛みが首筋から肩にかけて走り、子どもの私は木から落ちたのだった。
赤とんぼを捕まえようと木に登りかけていたときのことだったので、季節は秋と覚えている。
イラガの幼虫のことを村の子ども達は「オゴジ」と呼んで恐れていた。

「オゴジ」は、イラガの別称の「オコゼ」が訛ったもので、それが津軽地方のイラガの幼虫の呼び名であることは大人になってから知った。

芭蕉の句の虫が、何の虫かはわからない。
桐の葉の上で、流れに身をまかせてじっとしている虫の姿を自身の「旅寝」と重ねたのだろう。

「よるべをいつ」という問いかけのような上句には、きっとこの虫もよるべなく彷徨い続けながら一生を終えるのだろうなぁという芭蕉の思いが感じられる。
もっとも、この虫が毛虫だったとしたら、やがて蛾になるのだが。

後に、旅を俳諧制作の「よるべ」とした芭蕉は、自身の旅立ちは「いつ」と、自身への問いかけもこの句に含めたのかもしれない。
「野ざらし紀行」の旅や、「笈の小文」の旅は、秋に出発している。
そういえば「更科紀行」の旅も秋だったような。

旅人として生きることになる芭蕉は、川下に流れていく虫を乗せた小舟に、たまらない旅情を感じたのだろう。

「よるべをいつ一葉に虫の旅寝して」は芭蕉37歳の頃の作。
このころ芭蕉は江戸俳壇で確固たる地位を築きつつあったと言われている。
この4年後の秋、芭蕉は「野ざらし紀行」の旅に出る。
その旅で、「死にもせぬ旅寝の果てよ秋の暮」という句を残した。
この句を作ったとき、芭蕉は、桐の葉に付いた虫のことを覚えていたかいなかったか・・・・・。

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