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2015/11/13

草の戸も住み替はる代ぞ雛の家

「おくのほそ道」に記された最初の句である。

「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり・・・・・・」という冒頭の文章はあまりにも有名。
この文章の結びとして、以下の句が書き記されてある。

草の戸も住み替はる代(よ)ぞ雛(ひな)の家
松尾芭蕉

ものの本によると、旅の出発直前に、芭蕉が岐阜の門人「安川落梧(らくご)」に宛てた手紙の中に掲句の初案があるという。

「はるけき旅寝の空を思ふに、心に障(さは)らんものいかがと、まづ二月(きさらぎ)末、草庵を人に譲る。この人なむ、妻を具し、娘を持たりければ、草庵の変はれるやう、をかしくて、
草の戸も住み替はる世や雛の家」

「これからの遠い旅に出るにあたって、気がかりなものがあってはどうかと、二月末に草庵を人に譲った。その人は妻と娘を持っているので、私が独りで住んでいた頃と違い、家の中がどう変わるのか、興味深い。(ブログ管理人意訳)」と述べて、「草の戸も住み替はる世や雛の家」と句を詠んでいる。

その句が「おくのほそ道」の本文では、「草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」と改められている。
「世や」を「代ぞ」と改めて、「おくのほそ道」の旅に対する意気込みを表したのだろう。

草庵のことを句にしているのだが、それはそのまま芭蕉自身の旅立ちのことを詠っているようにも思える。
置いていく家と、旅立っていく芭蕉とが、重なり合って描かれているのだ。
その接点が、「替はる代ぞ」。

家の住人が「替はる代ぞ」と芭蕉自身が今回の旅で「替はる代ぞ」というふたつの意味合いが、この「替はる代ぞ」に含められていると私は思っている。

「草の戸」とは芭蕉が住んでいた草庵の意。
私が独りで住んでいた草庵は、住人が変わる時である、
こんどの住人は、娘のいる家族であるから、時期がくれば雛人形を飾ったりして、世間一般にありふれた家になるのであろうなあ。
というようなイメージ。

それともう一つ。
「雛の家」とすることで、自身の巣立ちを語っていると思われる。
この旅立ちで、自分は新たな境地を拓かねばならないという決意を、芭蕉は持っていたであろう。
常に新鮮な視点で新しい世界を発見することが、これからの俳諧の道であり旅の道でもある。
旅に向かって羽ばたいて行こうという決意が「雛の家」という言葉に表れている。

さらに言えば、「変わっていくもの」と「変わらないもの」との対比もうかがえる。
「変わっていくもの」とは、巣立つための旅であり、旅人の芭蕉である。
自身の俳諧に新しいものを求めて彷徨う芭蕉自身である。

「変わらないもの」とは、雛祭りのときはお雛様を飾るという、代々伝わっている一般家庭の風習であり、浮世にある家族の集いである。
それは古来より伝わってきた日本の伝統である。

そこに芭蕉がとなえている「不易流行」という俳諧理念の片鱗を見ることが出来る。

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