2016/02/16

雑多系ブログとは何か

ときどき、「ブログ」について書かれているブログ記事を読むことがある。
雑多系ブログはどうだとか、専門系ブログはああだとか。
一般には、以下のようなことが多く言われている。
  1. 雑多系ブログは、好きなことが書けるから記事数は伸びるが、マネタイズには向かない。
  2. 専門系ブログは、SEOに強く、マネタイズしやすいが、質の高い記事を書き続けなければならないので、記事数を伸ばすのが難しい。
(参照サイト:プラスワース「雑多ブログと専門ブログのメリット・デメリットまとめ」)

とか、とか。
「ブログ」をアフィリエイト的な観点からとらえた意見が多いようである。

ところで、雑多系ブログとは何なんだろう?
雑多系ブログって、本当に存在しているのだろうか?

専門系ブログという言い方ならわかる。
金融関係の専門記事がほとんどであるブログとか、愛犬のしつけ方や犬の行動心理学について言及しているブログとかが専門系ブログなのだろう。
あるいは、美容についての専門家が、女性の美と健康についての記事を書けば、それは専門系ブログと銘打たれる。

つまり、ひとつのテーマについて様々な角度から、それなりの調査・研究・分析などを試みている記事を書き続けている書き手のブログが、専門系ブログなのである。
とすれば、雑多系ブログとは、それと対照的なブログということになる。
なんだかんだ手当たり次第に書いているブログとか・・・・・。

私が思っている雑多系ブログと言うのは、以下のようなものである。
たとえば1000記事を有するブログがあるとすれば、その1000記事が、まったく別人の1000人によって書かれているようなブログ。
書き手も記事もまったくバラバラで、その寄せ集めでできているようなひとつのブログ。
そういうブログが、雑多系ブログと呼ばれるのにふさわしいのではなかろうか。
しかし、そんなブログは、本当にあるのだろうか。
とうてい、あり得そうに無い。

記事の内容が多種多様であるようなブログは、そのブログを読む者に雑多な印象を与えるかもしれない。
とりとめの無い記事、日常茶飯事の陳列みたいな記事。
まるで無頓着な、田舎の雑貨屋の店先みたいなブログ。
ほしいものがある人は、整理された専門店での買い物を好むだろう。

しかし、無頓着な雑貨屋でも、よく見れば、共通の何かがあることに気づく。
店先の品々に、店主の好みが感じられるとか。

記事の題材がバラバラなブログも同様である。
食べ物の記事やら、旅行の記事やら、スポーツの記事やら、神社仏閣の記事やら、植物の記事やら。
内容は様々でも、そこには独りの書き手の視点が貫かれている。
そのブログの記事数が増えれば増えるほど、共通のものの見方や考え方、センスみたいなものが浮かび上がってくる。

つまり、雑多になればなるほど、雑多であると同時に雑多ではなくなる。
日常生活を、独自のテーマで切り込んだブログになるのである。
各記事はバラバラなように見えているが、実はリンクされたひとつの顔を持っている。
そういう風に、内部リンクも増えていく。
だから、雑多系ブログなど存在しない。
となれば、こんなブログを何と呼んだらいいのだろうか。

「雑多系ブログ」などと、規定して枠にはめてしまえば、せっかくのブログが色褪せる。
そのブログのどこかに「アフィリエイト広告」が貼りつけられていても、マネタイズ目的だけでブログは書かれない。
もちろん、ブログのマネタイズは魅力的ではあるが。

規定するために仮に名づけるという意味での仮称ではなくて、分類的に考える便宜上、とりあえず仮称ということで以下のように呼んだらどうだろう。
「(仮称)独自視点の彩り鮮やかというようなイメージのブログ」。

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