2016/05/11

「彼女の死」について、「持続する魂」に喝采

久しぶりに北村想さんのブログ「北村想のネオ・ポピュリズム」を訪れたら、女性役者の突然の死についての記事があった。
北村さんは、記事のなかで彼女の名前を出していないが、私はあの人のことではないかと思い、ネットで検索してみると、予感があたっていた。

4月20日午後9時、女優、急性心不全のため死去、58歳。
検索サイトページの一覧には、そんな内容のタイトルがずらりと並んでいる。
その予感があたったことに、私自身驚いて、こんな記事を書いている。

私が知っている彼女は、今から30数年ほど前、北村想さんが主宰する劇団「T.P.O師団」で活躍していた。
名古屋市大須にある「七ツ寺共同スタジオ」での芝居で、彼女の演技を見た程度の「見知り」なのだが。
身細な彼女の弱々しい印象と大胆な演技が印象的だった。
私の記憶違いかもしれないが、彼女はその頃、地元の大手銀行に勤めながらの演劇活動だったように思う。
そんなところが、「彼女はカタギとしての行き場があったはずなのだが・・・・」と北村さんがブログ記事で語った理由なのかもしれない。

私が「演劇鑑賞」趣味から離れてからは、彼女の事は忘れてしまっていた。
それが、北村さんのブログを読んで、彼女の突然の死を知り、30数年前の芝居見物を思い出したのだ。

人はいつかは死ぬ。
私が驚いたのは、彼女の突然の死ではなかった。
今現在まで、演劇活動を続けて、生きてきたこと。
と書いたら、プロの役者としての彼女に失礼だろうか。

「あんな普通っぽい女の子は、アングラ演劇(小劇場演劇)なんかに加わっても、結婚したらすぐにやめてしまうんだろうなぁ・・・」
というのが、当時の私の感想だったのだ。
しかし、彼女は、自身の魂を58歳まで持続させていた。

そして、北村想さんの言葉を借りれば「彼女はついに夢ならず、虚構のレースを走って、褒められずもせず、認められもせず、逝ったというワケだろう。」ということになる。
北村さんは、「永いお別れのコトバ」として「〈憐憫〉、がふさわしい」と記事に書いている。
それは北村さんなりの思いから出た言葉なのだろう。
私には、「ひとは他人ゆえ、余所のことはワカラナイ。」なのだ。

亡くなった彼女に縁もゆかりもない傍観者の私が、それでもお別れの言葉を探すとしたら、それは〈喝采〉かもしれない。
「夢ならず、虚構のレースを走って」いたとしても、魂を持続させていた人には〈喝采〉がふさわしい。
若い一時期に彼女たちと出会い。
なにひとつ「持続する魂」を持たずに生きてきた私のような老いぼれが、彼女たちに抱く言葉は〈喝采〉以外に無い。

浪花節だろうか。
浪花節もりっぱな演劇さ、といったら、北村想さんに怒られるだろうか。

余談だが、私は北村想さんとも、彼が登場した芝居を見た程度の「見知り」である。
細身の割には、ずいぶん太い声が出る人だなぁと感心したことが思い出される。

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