「雪」という童謡の、無人なイメージ

よく歌詞が「雪やこんこん あられやこんこん・・・」と間違われやすい童謡「雪」は、興味深い歌です。

この作詞者・作曲者不明の童謡の正しい歌詞は「雪やこんこ あられやこんこ・・・」であるということです。
作詞者が不明なのに、歌詞の正確さを強調するのには、それ相応の理由があることでしょう。
文部省唱歌の記述が「こんこ」となっているから、「こんこ」以外では無いと言えばそれまでです。

「こんこ」の意味や語源については、諸説あるようです。
「雪やこんこは、雪が降るとき、子供が喜び、はやしていう言葉」という説もあるようですが、「雪」と言う童謡の歌詞に、子どもや人間は出てきません。
以下が童謡「雪」の歌詞です。

雪やこんこ あられやこんこ
降っては降っては ずんずん積もる
山も野原も わたぼうしかぶり
枯木残らず 花が咲く

雪やこんこ あられやこんこ
降っても降っても まだ降りやまぬ
犬は喜び 庭かけまわり
猫はこたつで丸くなる


歌詞の一番は、野山に雪が降り積もる情景描写のような内容になっています。
二番の歌詞には、雪が降り続く中での犬や猫の様子が描かれています。

「雪やこんこ」を「雪よふれふれ」という子ども達の囃子詞(掛声)だとすると、雪が降り積もる様子に歓声を上げている子ども達の姿が、この童謡の背後に浮かんできます。


瀧廉太郎作曲、東くめ作歌の「雪やこんこん」という明治時代の「幼稚園唱歌」というものがあります。

雪やこんこん、あられやこんこん
もっとふれふれ、とけずにつもれ
つもった雪で、だるまや燈籠(とうろう)
こしらへましょー、お姉様


こちらは、雪の降り積もる様子を喜び、積もった雪で遊ぶ姉弟の姿が連想されて、いかにも「幼稚園唱歌」という感じです。
歌を作った人達(作曲者・作詞者)の存在も明確なら、歌の意図も明確です。


ふたたび、作詞者作曲者不明の童謡「雪」の話題にもどります。

「雪やこんこ」の「こんこ」が、雪がどんどん激しく降り積もる様子の擬態語だとしたら、この童謡から子ども達の姿は消えてしまいます。

「降っては降っては ずんずん積もる」
世界を覆いつくしそうな激しい勢いで、ずんずん雪が降っている様子です。
いっこうに降り止む気配のない雪。
その雪に覆われた世界とは、枯れ木の広がる生命感の無い世界のようなイメージです。
その枯れ木に、擬装のような白い花が咲きます。

「降っても降っても まだ降りやまぬ」
二番の歌詞でも雪は降り続いています。
後半の歌詞の「庭」と「こたつ」で、人家がイメージされて、やっと「雪」という童謡の外見が姿を見せますが、人間や子どもの姿はありません。

無人の家に、「犬と猫の無邪気な存在」が描かれているというイメージです。
歌を作った人達(作曲者・作詞者)の存在が不明ですから、歌の意図も不明であるような感じを持つのは私だけでしょうか。

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