方法について

物事に対応する方法は多様にあると思う。

ひとつの問題を解決する方法がひとつしか無い、なんていうことは無いだろう。

ひとつの問題に対して、様々な解決方法を仮想してみるのも、ひとつの方法である。

その「仮想」を実質化する方法もあることと思う。

あらゆる場面で、いろいろな方法が息を潜めて存在している。

良い結果を出したいと、その開花を待っているのだ。

いろんな意見を持った人達の存在が、問題解決の方法の多様さを下支えしているように思う。

その人達の発想の豊かさが、その国の文化の豊かさを示しているのだろう。

国家間の領土問題に対して軍事的な解決方法しか無いという発想も、かつては有ったと思う。

世界に存在する国境線は、何らかの軍事的な圧力の結果生じたものが多いことだろう。

領土問題の解決のために軍事的な衝突を選ぶのもひとつの方法なら、軍事的な衝突を極力避けることもひとつの方法である。

アメリカ合衆国のアラスカ州は、1867年にロシア帝国からアメリカ合衆国が買収したということだ。

これはお金という方法で領土を獲得したという話。

もっとも、アラスカという地域の先住民はロシア人でもアメリカ人でも無い。

大昔よりアラスカの地域に住んでいた多数の先住民族が存在するのである。

ただアラスカの地域は「国家」の態を成していなかったから、ロシア帝国の植民地にされ、ロシア帝国の領土となり、ロシア帝国の領土としてアメリカ合衆国に売却されたようだ。

外交権のある「主権国家」では無かったアラスカ地域に住む多数の先住民族には、選択の余地はなく、ただ支配されるだけだった。

「国家」による領土問題の解決方法が、必ずしもそこに住む人々の問題の解決にはなっていないということもあるようだ。

国家の主権を守るということが、領有問題地域の住民の利益を守るということであるなら、地域住民に問題解決のアイデアを求めるのもひとつの方法であると思う。

ただ相手国が領土の拡大に専念しているような国家なら、そんな素朴でメルヘン的な方法は、たちまちのうちに破壊されてしまうだろう。

一般に、領土問題の相手国が「覇権主義」と言われている志向性の強い国家であるなら、その国の枠のなかに治まらない住民の意見を参考にすることも方法のひとつであると思う。

覇権主義国家は、覇権主義であるが故に様々な領土問題・民族問題を抱えている。

その志向性の意図を究明し、そのことを国際社会に訴えるのも、問題解決の方法のひとつであると思う。

その相手国と政治的な交流が希薄でも、文化的な交流や学術的な交流、経済的な交流が盛んなら、それらの交流関係者の意見を参考にするのも、問題解決につながる方法のひとつであると思う。

政治素人で未熟な意見だが、様々な方法を模索する事が、私の生活の方法である。

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