驚かせる

疑う犬
へ〜え、それは本当かね。


驚かせるとは、相手の固定観念をくつがえすこと。

人が驚くためには、思いもしない出来事が起こらなければならない。

「夢にも思わない」という慣用句通り、意外性に満ちたものに人は驚く。

予想外の事態の展開や結果。

恐怖が原因の驚きや、そのマナーの悪さにあきれかえって驚くことは、不快な感情をともなう。

私たちが求めているのは、驚くと同時に感嘆すること。

多くの人々がサプライズに期待するのは感動だ。

私たちは感動したいのだ。

母子の泣き別れと再会の物語も確かに感動的だが、通り一遍のストーリーでは感動が薄れてしまう。

ありがちな物語だ。

それが人間の親子ではなくて、犬の親子だったらどうだろう。

別れ別れになった犬の親子が再会するなんて、かなり意外だ。

その再会のストーリーに、色々な意外性が加われば、私たちは驚く。

世の中にはこんなことも起こりうるのだ、と感動する。

いままでそういう物語があったとしても、意外性があれば、まだまだ感動の余地はある。


固定観念をくつがえすには、漫然とした日常を観察する必要がある。

日々の生活で慣らされた自身の「予測する機能」を疑うことだ。

観察することは、いつもと違う何かを見つけることにつながる。

ドラマはすべて日常のなかで起こるから、日常生活にはヒントがたくさんある。

ただ私たちの予測機能は、過去の事例を反復してばかりで、驚きに値する現実を発見する能力に欠いている。

好奇心は失われ、目先の安全を目指す理性だけが厳格なネクタイのようにぶら下がっている。

固定観念でがっちりと構築された日常は手強い存在だ。


たとえば、普段の生活での、一風変わった具体例を出して意外な見解を示してみる。

人々が通常することの逆をする。

それが思いもよらないことであっても、そのこと自体にはたいした驚きはない。

大きな驚きは、その先にあると思う。

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