人は、なぜ悪態をつくのか(居酒屋編)
居酒屋で、二人連れの女性のひとりが、相方の女性にまくし立てている。
かなりヒートアップしているご様子。
「わたし、この間ねぇ、70過ぎのジジイにババア呼ばわりされたのよ、失礼しちゃうわ!」
「ひっどーい!」
連れの女性が、しきりに相槌を打つ。
「わたしは、まだ29よ、29の若さで、なんで、70過ぎのジジイにババアって言われなくっちゃいけないわけぇー!」
29歳にしては老けて見える顔立ちだが、決して婆さん顔には見えない。
どちらかと言うと美形に属する部類かな、というような面立ちの女性。
「そんなクソジジイなんか、相手にしないほうがいいよ。」と連れの女性。
「そうなんだけど、チョウーむかつくじゃん。」と29歳女史。
「チョー気分悪いじゃん。」と29歳女史。
29歳にしては、物言いが幼い。
顔が老けている割にはね。
私の横に、二人の女性の会話を聞いていた50過ぎぐらいの年格好の男性客がいた。
聞いていたというよりも、別に聞き耳をたてなくても、耳障りな大声が耳に飛び込んでくるという状態なのだが。
その男性客がつぶやいた。
「うるさいんだよ、ババア・・・・」と。
そのつぶやき声は、話に夢中になっている彼女たちには届かない。
そして、私も「うるさいんだよ、ババア・・・・」と思った。
「ババア」とは老婆(高齢女性)に対する蔑称ではなくて。
年嵩が増すほどに、大声でうるさく騒ぐ女性に対する警鐘のようなもの。
29歳女史をババア呼ばわりした70過ぎの爺さんの悪態にも、うなづけるものがある。
一方、彼女の、今日の悪態も、解ると言えば解る。
爺さんの悪態は、自分の居場所を侵されたような気分から発せられたもの。
飲んでいる時間を静かに楽しみたいという自身の領域に乱入された気分。
若い女性の無遠慮な大声に、老人特有の瞬発的な腹立ちが爆発した。
70過ぎの老人にしてみれば、ピチピチした若さに対する嫉妬心も少々あったかもしれない。
だから、30近い女性に対して、いちばんショックを与えそうな罵声を浴びせた。
「うるさいんだよ、ババア、ちょっとは他の客のことを考えろ!」と。
29歳女子は、老人の突然の剣幕に驚いたに違いない。
それは予期せぬ出来事だった。
若い女性は、ひるんで押し黙った。
その悔しさが、今日よみがえったのだ。
思い出し怒り。
29歳とはいえ、二十歳の女の子と比べれば年配者。
「ババア」という陰口も彼女の耳に届いている。
思い出し怒りに声を荒げるのも無理は無い。
彼女たちの傍若無人な大声を、彼女たちは悪態だとは思っていない。
周囲に対して迷惑だという意識は無い。
無意識の醜態。
悪気が無いという無邪気な悪態。
彼女が悪態をさらすのは、自身の若さを守りたいという警戒心と防衛本能と、もう若くは無いというコンプレックス。
老人が悪態をさらすのは、自身のいっときの楽しみを守りたいという警戒心と防衛本能と、もう若くは無いという焦燥感。
そうすれば、私や、隣の男性の「うるさいんだよ、ババア・・・・」という水面下の悪態のわけは?
それはたぶん、悪態の連鎖反応。
こうして悪態は拡散する。
人は、なぜ悪態をつくのか?
居酒屋においては、男も女も、自身の狭い陣地を守りたいという「領土意識」。