「枯枝に烏のとまりたるや秋の暮」から「かれ朶に烏のとまりけり秋の暮」への改作

今回も気になる「改作」を見つけたので、これについて書いてみたい。

枯枝に烏(からす)のとまりたるや秋の暮
松尾芭蕉

掲句が、初案。
それを改作したのが、次の句。

かれ朶(えだ)に烏のとまりけり秋の暮
松尾芭蕉

例によって、私的にどちらが好きかと問われれば、もちろん初案の方。
初案の方が、時間の流れやカラスの動きが感じられて好きなのだ。
それに、空間の広がりも感じられる。

それに対して、改作句は静止画的である。

「枯枝に烏のとまりたるや秋の暮」について

「とまりたるや」の「たる」は完了・存続の助動詞「たり」の連体形。
飛んできたカラスが、芭蕉の眺めていた枯れ枝に止まったというイメージ。

芭蕉の視点の流れは以下のようであると思われる。
枯枝(近景)→烏(近景)→枯枝にとまった烏(近景)→秋の暮(遠景)

「とまりたるや」の「や」は詠嘆の助詞で「切れ字」。
「秋の暮」は、「晩秋」と「その晩秋の日暮」のイメージ。
旅を生きる道と考えた芭蕉は、季節の移り変わりには敏感だったと思う。

そういう敏感な芭蕉の視線が感じられて興味深い。
「枯枝に烏のとまりたるや」という近景と、「秋の暮」という遠景の対比が、秋の深まりを感じさせている。
枯れ枝にカラスがとまったことで、冬の訪れを予感させているような仕掛けが感じられる。

「かれ朶に烏のとまりけり秋の暮」について

「とまりけり」の「けり」は詠嘆の意を表す助動詞。
芭蕉が「かれ朶」に目をやると、そこにカラスがとまっていたのだったというイメージ。

これを現代文風に言い直したら、以下のような感じか。
「物音に振り返ったら、枯枝にカラスがとまっていたんだよなぁ・・・・侘しい秋の夕暮の点景となって。」

カラスがとまっている枯枝は、「秋の暮」という風景の象徴のような存在感を発して芭蕉の眼の先にある。
そういう絵は、別に芭蕉でなくても描けそうに思うのだが、と書いたら芭蕉研究者の方に怒られるだろうか・・・・・・・・。

まとめ

とは言っても、これは人の好み。
墨絵のような枯淡な風景が好きと言う方は、改作句の方へ一票入れることでしょう。

私はクローズアップ(烏)とロングショット(秋の暮)で構成された動きのある句が好きであるというだけのこと。
時が過ぎても、違う風景でも、カラスは飛んできて枯枝にとまり続け、秋の暮は繰り返される。
芭蕉の視点は、クローズアップとロングショットを行きつ戻りつ。

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