オレに惚れちゃいけないぜ
夕暮に知らない居酒屋にふらりと入った。
カウンターの内は、店主のオヤジがひとり。
何か注文すると、オヤジの威勢のいい声が返ってくる。
薄いピンクのブラウスに、水色のミニスカート。
店の戸口の様子が気に入れば、ふらりと入る。
そんな居酒屋めぐりも楽しい。
そんな居酒屋めぐりも楽しい。
まだ早い時刻で、お客はいない。
静かなカウンター席に腰掛ける。
カウンターの内は、店主のオヤジがひとり。
カウンター席の後ろに二人掛けの小さなテーブル席。
奥の通路わきに、畳敷きの小上がり。
古ぼけた店構えだが、掃除が行き届いていて感じがいい。
何か注文すると、オヤジの威勢のいい声が返ってくる。
注文の品を出し終えると、腕組みをしてじっとテレビを見ている。
テレビには天気予報のおネエさん。
30代半ば。
30代半ば。
薄いピンクのブラウスに、水色のミニスカート。
手に細い棒を持って、振り回す。
「明日は前線が近づいて、朝から雨模様。傘や雨具は、必須アイテムです。」
「必須アイテム」だなんて、年配の視聴者が聞いてもわかるのだろうかと、そこそこ年配者の私の皮肉。
天気予報が終わるとプロ野球中継。
店主のオヤジは、楽しそうにブツブツつぶやきながら、テレビを見ている。
しばらくすると、アベックが入ってきた。
30代半ば。
男はスーツ。
女は、薄いピンクのブラウスに、水色のミニスカート。
どこかで見たことがある女性だと思っていたら気がついた。
なんと「必須アイテム」のおネエさんじゃないか。
そういえば、この辺に地方テレビ局があった。
お天気のおネエさんが飲みに来てもおかしくはない。
ふたりはインターネットの話に夢中だ。
「イトイシゲサトのサイトって面白いわよ。」とおネエさん。
「ああ、“ほぼ日”ってやつね。」とスーツ。
「あのサイトに出てくる犬のブイヨンが可愛い!」
「ああ、あのジャックラッセルテリア犬ね。」
「そうそう、犬の名前がブイヨンなんて面白い。いかにもイトイさんらしいわね。」
「でも、犬の名前がなんで“泥棒詩人”の名前なんだろう?」
「え、ブイヨンって“泥棒詩人”の名前なの、私はフランス料理からとったのかな、なんて・・・・」とちょっとハテナ顔のおネエさん。
「あ、ちがった、“泥棒詩人”はヴィヨンだった。フランソワ・ヴィヨン。無頼漢で放蕩者で詩人だったフランス人の名前さ。」とスーツは得意顔。
「へえ、そんな詩人がいたの。」
「あの太宰治の小説で“ヴィヨンの妻”ってのがあるだろう。あのヴィヨンも“泥棒詩人”のヴィヨンのことだぜ。」
「ふーん、あなたって物知りね、いったいあなたって何者なの?」
「オレかい、オレも無頼漢で放蕩者さ。だからオレに惚れちゃいけないぜ。」
ワロタ。
久々にワロタ。
ただ、声には出さずに笑った。
老いぼれの残り少ない腹筋が、激しく動いて腹が痛い。
店主のオヤジのほうに目をやると、オヤジはテレビの野球に夢中だ。
こころなしか、肩が小刻みに揺れていた。
「オレに惚れちゃいけないぜ。」
スーツは、こんなセリフを言いたいためにヴィヨンを持ち出したのか。
そして、それを聞いていた私は、ちょうど、こんな短文(ショートショート)を書いてみたかったのだ。
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「明日は前線が近づいて、朝から雨模様。傘や雨具は、必須アイテムです。」
「必須アイテム」だなんて、年配の視聴者が聞いてもわかるのだろうかと、そこそこ年配者の私の皮肉。
天気予報が終わるとプロ野球中継。
店主のオヤジは、楽しそうにブツブツつぶやきながら、テレビを見ている。
しばらくすると、アベックが入ってきた。
30代半ば。
男はスーツ。
女は、薄いピンクのブラウスに、水色のミニスカート。
どこかで見たことがある女性だと思っていたら気がついた。
なんと「必須アイテム」のおネエさんじゃないか。
そういえば、この辺に地方テレビ局があった。
お天気のおネエさんが飲みに来てもおかしくはない。
ふたりはインターネットの話に夢中だ。
「イトイシゲサトのサイトって面白いわよ。」とおネエさん。
「ああ、“ほぼ日”ってやつね。」とスーツ。
「あのサイトに出てくる犬のブイヨンが可愛い!」
「ああ、あのジャックラッセルテリア犬ね。」
「そうそう、犬の名前がブイヨンなんて面白い。いかにもイトイさんらしいわね。」
「でも、犬の名前がなんで“泥棒詩人”の名前なんだろう?」
「え、ブイヨンって“泥棒詩人”の名前なの、私はフランス料理からとったのかな、なんて・・・・」とちょっとハテナ顔のおネエさん。
「あ、ちがった、“泥棒詩人”はヴィヨンだった。フランソワ・ヴィヨン。無頼漢で放蕩者で詩人だったフランス人の名前さ。」とスーツは得意顔。
「へえ、そんな詩人がいたの。」
「あの太宰治の小説で“ヴィヨンの妻”ってのがあるだろう。あのヴィヨンも“泥棒詩人”のヴィヨンのことだぜ。」
「ふーん、あなたって物知りね、いったいあなたって何者なの?」
「オレかい、オレも無頼漢で放蕩者さ。だからオレに惚れちゃいけないぜ。」
ワロタ。
久々にワロタ。
ただ、声には出さずに笑った。
老いぼれの残り少ない腹筋が、激しく動いて腹が痛い。
店主のオヤジのほうに目をやると、オヤジはテレビの野球に夢中だ。
こころなしか、肩が小刻みに揺れていた。
「オレに惚れちゃいけないぜ。」
スーツは、こんなセリフを言いたいためにヴィヨンを持ち出したのか。
そして、それを聞いていた私は、ちょうど、こんな短文(ショートショート)を書いてみたかったのだ。
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