2017/09/28

吹き飛ばす石は浅間の野分哉

芭蕉は「笈の小文」の旅からの帰りに京都に立ち寄っている。
「卯月廿三日、京へ入る。」と「芭蕉年譜大成(今榮藏)」にある。
京都逗留中、歌舞伎見物などをして、五月十日前後に京都を出発。
この京都滞在中に、芭蕉は野沢凡兆と初めて会っている。
五月中旬頃岐阜に至り、五月末には大津へ戻った。
大津で歌仙を巻いたりして過ごし、六月六日に大津を出発。
六月八日に、また岐阜に舞い戻っている。

この岐阜滞在中に、有名な「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」の発句を詠んでいる。
七月三日には、「尾張広井村村八間屋敷の円頓寺に在り」とあるので、名古屋に出かけたようである。
八月上旬に、名古屋在住の越智越人を伴って岐阜に移る。
八月十一日に、「信州更科に仲秋の名月を賞すべく、越人同伴で岐阜を発つ」
「更科紀行」の旅に出かけたのである。

「笈の小文」の到達地点は兵庫の明石
そこから江戸帰着までの芭蕉の足取りを、「芭蕉年譜大成」の記述から箇条書きにしてみた。
  • 四月二十一日:兵庫を出、京に向かう。
  • 四月二十三日:京に入る。
  • 五月十日前後:京を出る。
  • 五月中旬:岐阜に至る。
  • 五月末:岐阜より引き返して大津に在。
  • 六月六日:大津を出る。
  • 六月八日:岐阜に至る。
  • 七月三日:名古屋在。
  • 八月上旬:岐阜に移る。
  • 八月十一日:「更科紀行」の旅のため、岐阜を発つ。
  • 八月中旬:木曾街道に入り、寝覚の床・木曾の桟橋・猿が馬場・立ち峠などを経過。
  • 八月十五日:夜、更科の里に到着。
  • 八月下旬:江戸帰着。
江戸の其角亭での送別会で「旅人と我が名よばれん初しぐれ」と吟じ、貞享四年十月二十五日に江戸を発足してから、貞享五年(元禄元年)八月下旬江戸帰着までの長い旅。
芭蕉はこのとき四十五歳、「一所不在」の旅人であった。
「さらしなの里、おばすて山の月見ん事、しきりにすゝむる秋風の心に吹さはぎて、・・・」
「更科紀行」の書き出しの文章である。
「更科の里、姨捨山の月を見ることを、繰り返し促す秋風が心の中に吹き騒いで」芭蕉は越智越人を伴って信州への旅に出る。

吹き飛ばす石は浅間の野分哉
松尾芭蕉

「更科紀行」に載っている句のなかで、私が一番好きな句が掲句である。
好きな理由は、何よりも平明であること。
句の調子に躍動感があること。
イメージが雄大であること。

句の「浅間」とは、標高2568メートルの浅間山のこと。
安山岩質の成層火山である。
成層火山と言えば、青森県の最高峰岩木山(標高1625メートル)も安山岩質の成層火山。
だが、写真で見ると浅間山は、緑に囲まれた岩木山とは山容が大きく異る。
群馬県側から望むと、崖や古い土石なだれの堆積物が露出していて、山容が荒々しい。
爆発性の噴火を繰り返していたことを物語っている山容である。

浅間山の麓には、噴火による降下火砕物である軽石が降り積もっている。
そのなかの小粒な軽石が、台風などの強烈な風に煽られて粉塵のように舞い飛ぶことがあったかもしれない。
「野分」とは台風や秋の暴風のこと。
芭蕉は信濃善光寺から中山道を通って江戸へ向かっている。
中山道の難所である碓氷峠の手前の「軽井沢宿」あたりで、浅間山を眺めたのであろう。
山麓の里では強風が吹くと軽石が飛ぶという話を地元の人から聞いていたのかもしれない。
芭蕉が浅間山麓を通ったのは、八月の中旬から下旬にかけてである。
旧暦のその時期に、台風が信州近辺に上陸していたということもありうる。
芭蕉が、「野分」によって軽石が吹き飛ぶ様子を目撃していたことも考えられる。

石が風に吹き飛ぶ様子は、浅間山の噴火を連想させる。
過去の火山の噴火が、目前の石を吹き飛ばしている。
そんな「野分」であるなあと、芭蕉は感じていたことだろう

強風に舞い上がり、吹き飛んでいく石に、芭蕉は浅間山の時間の流れを感じたのではないだろうか。
「浅間」とは、浅間山のことであり、火山の噴火のことであり、ひょっとしたら火山に対する山岳信仰のことかもしれない。
芭蕉は、「浅間」という言葉にいろいろな意味を含めた。
そう考えると、「野分」という風の流れは、時の流れのようにも感じられる。

芭蕉は、噴煙を上げている浅間山に、かつては表現したことのない「自然」を感じていたのではないだろうか。
花鳥風月とは違う、自然の有様。
短歌的な抒情では表現できない「自然」。
観月の名所姨捨山で月を見た芭蕉だったが、それは古典のなかの「自然」。
芭蕉が浅間山で見たのは、はるか古典をも通り越した「始源」とも言える「自然」ではなかったろうか。
太古の営みを今に感じさせる火山の「自然」である。
それが、「更科紀行」の発句のなかで、唯一掲句が異彩を放っている理由であると私は感じている。

このあと芭蕉は、「おくのほそ道」の旅で、江戸深川や京都で接していた花鳥風月とは別の自然に出会っていく。
その出会いのなかで、たくさんのダイナミックな句を残している。
その代表的な句が「雲の峰幾つ崩れて月の山」とか「五月雨をあつめて早し最上川」とか「暑き日を海にいれたり最上川」とか「荒海や佐渡に横たふ天の河」である。

貞享三年の春に「古池や蛙飛び込む水の音」で、古典とは違う季節感を詠った芭蕉。
貞享四年十月から、元禄元年八月までの長い「笈の小文」行脚。
その長い旅の最後に、芭蕉は浅間山という火山を目の当たりにする。
噴煙を吹き上げている荒々しい山容の「浅間」が芭蕉の感性に何らかの影響を与えたことは充分考えられる。
「更科紀行」の最後尾で異彩を放っている「吹き飛ばす石は浅間の野分哉」がそれを示している。

実際の旅は貞享四年十月から始まっているのだが、句のうえでは「古池や蛙飛び込む水の音」からこの旅が始まっているような気がする。
そうやって「吹き飛ばす石は浅間の野分哉」に辿り着いた長い旅の行程は、芭蕉の詩作の行程であったように私は感じている。

「吹き飛ばす石は浅間の野分哉」
この句を詠んで、芭蕉は江戸への帰路に着いた。
芭蕉の心のなかでは、すでに新しい旅が始まっていたことだろう。

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2017/09/17

ミズの谷へミズ採りに出かけたらナラタケ(サモダシ)が出ていた

小沢の倒木に出ていたナラタケ(津軽名サモダシ)。
青森地方では、ミズは春から秋の中頃まで採れる山菜。
ミズと呼んでいるが、これは地方名で、ミズの標準名はウワバミソウ。
主に北東北では、ミズの採取が盛んに行われている。
クセが無くて、すっきりした美味しさ。
野菜感覚で食べることができるありがたい山菜である。
今年は、なかなかミズ採りに出かけることが出来なかったので、ミズをスーパーで購入して食べていたのだった。

2017/09/16

奈良七重七堂伽藍八重ざくら

芭蕉の句とは、いろんなところで出会う。
まるで、それが決まってでもいるかのように、いろんなところで出会うことになっているのが芭蕉の句である。

こうも私たちの日常に「浸透」しているってことは、私たちの意識のなかにも「浸透」しているってことかもしれない。
多くの人々の頭の片隅では、ときおり「古池や蛙飛び込む水の音」がポチャリと音をたてているのだ。
「物言えば唇寒し秋の風」が寂しい心に吹いている。

こんなに日本人に親しまれている芭蕉であるからか、芭蕉の「ニセ句」や「存疑句」が出回ったりする。
有名なのは「松島やああ松島や松島や」という江戸時代のキャッチコピーのような句。
それがいつのまにか芭蕉の句となって、近年の松島では、堂々と看板に明記されていたこともあったという。

二十年ぐらい前に読んだ本を本棚の奥から取り出して、ところどころ拾い読みしていたら、ここでも芭蕉の句に出会った。

芭蕉の句に、西では、
 七重八重七堂伽藍八重桜
があり、また東では、
 花の雲鐘は上野か浅草か
がある。奈良のサクラは、今のナラヤエザクラに品種的に限定されるかどうかはわからないが、現在のサトザクラのなかの八重ザクラであることは間違いない。江戸の句のサクラはヤマザクラかエドヒガンか、それともシダレザクラかはっきりしないが、江戸初期の叙景とあっては、ソメイヨシノでないことだけは確かである。                            ※「植物学のおもしろさ」著:本田正次(朝日選書366)
ここを読んだという私の記憶は、悲しいことに、きれいさっぱり失くなっている。
であるから、今回この本での芭蕉との出会いは、私の再発見のようなもの。
やはり、「花の雲鐘は上野か浅草か」の句を作った時、芭蕉が思い描いたのはソメイヨシノではなかったのだ。
もっとも、ソメイヨシノはエドヒガン系である。
葉よりも先に花が咲くのも、ソメイヨシノと同じ。
芭蕉が見た花がエドヒガンであったなら、ソメイヨシノのような花の賑わいであったかもしれない。

「奈良七重七堂伽藍八重桜」という句は、漢字だらけで、おまけに名詞だらけ。
名詞の羅列。
いったいこれはなんだろう、と思ってしまった。
動詞が無いと、句としての躍動感に欠ける。

例によって、「芭蕉年譜大成(著:今榮藏)」で調べると、巻末の「作年次未詳発句拾遺(没後刊行俳諧集所収)」のページに記載されてあった。

奈良七重七堂伽藍八重ざくら
松尾芭蕉

元禄十一年十一月刊行の伊藤風国編「泊船集」に載っているとのこと。
「早稲田大学図書館ホームページ>古典籍総合データベース>泊船集. 巻之1-6」(PDF書類33枚目)で原典の画像を調べると、芭蕉の句として載っているように見える。
「愛知県立大学図書館貴重書コレクション>古俳書トップページ>泊船集>各冊表紙一覧>1>0032」でも同じものを見ることができる。
後者の方が保存状態も良く、掲示の仕方も整っていて見やすい。

しかし、くずし字(草書)で書かれた原典は、私には解読不能。
「国立国会図書館デジタルコレクション」に、明治四十二年八月「すみや書店」より刊行された「芭蕉泊船集」があったので、これを参照した。



左側の小さな字が、句の前書き。(国立国会図書館デジタルコレクションより)。



右側に説明書きの続きと句。(国立国会図書館デジタルコレクション)。


上図の「奈良七重七堂伽藍八重さくら」という句の右側に「前書き」が添えられてある。
活字で印刷された文章なのだが、私にはところどころ判読不明だった。
不明瞭ながら、以下に抜粋してみると。
「其角か曰、かねは上野は浅草かと聞こえし前の年の春吟也。尤病起の眺望成へし一聯二句の格也。句を呼て句とす。」(句読点はブログ管理人が加えました。
この活字体が正確に原典の草書を写しているかどうかは、私には不明である。
だが私の印象では、この「前書き」は芭蕉自身の「句の前書き」ではないように思える。
これは、「泊船集」の編者が付けた「前書き」なのではあるまいか。
「宝井其角が言うには云々」というところが、この句についての其角の説明のように思われるからだ。

「其角が言うには、(この句は)鐘が上野からか浅草からか聞こえた(そういう句を詠んだ)去年の春に吟じた句である。そうではあるが病気で眺望していたために、(句会には参加できずに)一連二句を流儀として作った(ここまでが其角の話)。(風国は)この句を名付けて(芭蕉の)句とする。」

などと、しどろもどろに私なりに訳してみたが・・・・・。
この意訳が、正解であろうはずもないのだろうが、万が一合っているとすれば、「奈良七重・・・」は、「花の雲鐘は・・・・」と同時に作られた句ということになるのではあるまいか。
そしてそれを宝井其角が前の年(貞享四年)のものだと伊東風国に告げたのなら、宝井其角と伊藤風国は元禄元年に「奈良七重・・・」の句について話を交わしたことになる。
その話の内容を、伊東風国は「覚書」として残した。
元禄十一年には、その「覚書」がそのまま句の「前書き」の位置に置かれて「泊船集」が発刊された。

というのが私の空想である。
そして、次に述べることも私の空想。

芭蕉は深川の芭蕉庵で病のために臥せっていた。
この花の時期に病とは、いまいましい。
春の風邪か、単なる腹痛か。
そう思いながらうつらうつらしていた芭蕉の耳に、北の方角から鐘の音が聞こえた。
その鐘の音が、花の名所の風景を芭蕉に思い浮かばせた。
まるで鐘の音が芭蕉の脳裏に花の雲を現出させたように。
ああと溜息をついて、芭蕉はつぶやくように句を詠んだ。

花の雲 鐘は上野か 浅草か

芭蕉は、上野や浅草の花を思い浮かべ、やがてその思いは奈良の吉野山に飛んだ。
芭蕉が敬慕する西行が歌に詠んだ吉野山の桜。
七重八重と幾重にも連なる吉野の山々。
山頂から山すそへ、波のように押し寄せる桜の花。
また奈良は名刹・古寺の多い土地。
花と寺が折り重なって七重にも八重にもなる。
吉野山と奈良の古寺と桜。

奈良七重
七堂伽藍
八重さくら

と、芭蕉は五・七・五のメモを残した。
そのメモを芭蕉庵で見つけた伊東風国が、訳知りの宝井其角の話を聞き、これをそのまま芭蕉の句とした。
「句を呼て句とす。」
その句の前に、自身の「覚書」を句の「前書き」として添えたのではないだろうか。

「吉野山梢の花を見し日より心は身にも添はずなりにき」という歌を詠んで、吉野山の桜に心を奪われた西行。
そんな西行を思いながら、奈良にかかわる言葉を淡々と紙の上に置いた芭蕉を空想した次第。

芭蕉は「花の雲鐘は・・・・」の句を詠んだ翌年(元禄元年)、「笈の小文」の旅の途上、杜国(万菊丸)と奈良吉野山で花見をしている
芭蕉は深川で病の床にふしながら、この旅の予定まで夢見ていたのであろうか。


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2017/09/14

奥山に、猫またといふものありて

「奥山に、猫またといふものありて、人を食らふなる」と、人の言ひけるに、
あまり人の行かない山奥には、猫又という猫の妖怪が潜んでいて、山奥に迷い込んだ人を襲って食い殺してしまうという。
そういう噂話を、山菜採りを生業とする人が言っていた。
また、別の人は、「山ばかりではなく、京都の町なかでも、歳をとった猫が変化(へんげ)し、猫又になって人を襲うことがあるらしい。」と言っていた。

傍でこの話を恐々聞いていたのは、行願寺門前町に独りで暮らしているアミダなんとかという坊主頭の、カラオケ好きな老人である。
彼はこの話を聞いて、夜に独りで出歩くときは気をつけなくてはいけないと肝に銘じたのだった。

猫又が山奥に出るのは自分には関係ないが、このあたりにも出るとなれば、自分の身にも危険が及ぶかもしれない。
歳経た猫なんか、さっさと始末してしまえばいいものを。
これでは、スナック通いも控えなければならない、などと考えるほどに不安が増してきた。
そんな折も折、なじみのスナックでカラオケ大会が催されることとなった。
艶っぽいママから、「アミダさんもぜひおいでになってね。」と携帯電話でささやかれると、顔を出さないわけにはいかない。

そのカラオケ大会からの帰り道でのことだった。
老人はつい調子に乗って、夜が更けるまで歌い続け、すっかりハイな気分になった。
店を出たときにはまとまっていた客達が、暗がりのなかへ、あちらこちらに四散。
老人は割りと近所だったのでタクシーを拾わずに、カラオケ大会の景品を懐にフラフラ独りで歩いて帰った。

家の近くの道を、幅広い側溝に沿って歩いていると、横のほうで物音がした。
ハアハアという獣の荒い息遣い。
それを聞いた老人は、不安に駆られ恐怖の虜となった。
これは、噂に聞いた猫又に違いない。
やっぱり町なかでも出るのだ、おお恐ろしや。

すると猫又は、老人の足元めがけてまっすぐに駆け寄り、飛びついて首のあたりに食いつこうとする。
味見をするように、坊主頭をペロペロと長い舌で舐めまわす。
「ギャーッ!」
老人はパニック状態で、抵抗するにも力が出ない。
腰を抜かして、側溝の水のなかへ転がり落ちた。
「助けてくれーっ、猫又じゃー、ギャーッ!ギャーッ!。」
と泣き叫ぶ。

沿道の家々から、ライトを手に持った住民が駆け寄ってきて、側溝を見下ろす。
老人を見知った者が何人かいて、「どうしたんだい」と側溝に手を差し伸べて、老人を抱え上げた。
カラオケ大会の景品の扇子や小箱は、懐からこぼれて、水に浮いたり沈んだり。

老人は、九死に一生を得た様子で、駆けつけた人たちにお礼も言わずに、「ハフハフ」と呻いて、這いながら自分の家の戸口に転がり込んだ。
その後を、尾を振りながら犬がついていった。

老人の飼犬が、帰ってきた主人を暗闇のなかに見つけて、うれしさのあまり飛びついたということだった。
飼ひける犬の、暗けれど、主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。

参考図書>「新版 徒然草 現代語訳付き」著:兼好法師 訳:小川剛生(角川ソフィア文庫)

2017/09/12

側溝から生えているくせに、馬鹿でかく育ったアメリカセンダングサ

なんとこいつは、側溝育ちのくせに、ずいぶんと高く生い茂っているじゃないか。


愛犬の散歩コースで見かけるアメリカセンダングサは、道路脇の側溝に生えているものがほとんどである。
側溝の底に薄く積もった塵のような泥に根を張って茎を伸ばしているのだ。

そんな環境であるから、草丈が高くてもせいぜい50~70センチぐらいがやっとである。
ところが、今日目撃したアメリカセンダングサは、なんと草丈が150センチを越えるぐらいまであった。

一般に、アメリカセンダングサの草丈は50センチから最大でも150センチと言われている。
今日発見した個体は、側溝に生えているくせに、上の写真のように馬鹿でかく成長している。

この側溝は、グレーチングの蓋で被われている。
そのグレーチングの網の目を潜って、ズンズン背を伸ばし、ここまで大きくなったのだ。
よっぽど側溝に積もった泥の嵩が高くて、しかも土壌が栄養豊富なのだろう。
側溝の中の茎の長さも加えると、草丈は170センチに達するかもしれない。

アメリカセンダングサの背後には背の高いコンクリート製の塀が張り巡らされてある。
南向きの場所なので、日当たりは良好。
しかもコンクリート塀による熱の反射で、温度が高め。
こんな環境も、この個体の巨大化のプラスになっているのかもしれない。

アメリカセンダングサは、その名の通りアメリカ原産の帰化植物(外来生物法で要注意外来生物に指定)。
一年生草本であるから地下茎は無い。
種子の発芽で子孫を増やし、領土を拡大していくタイプである。

こいつは、主に湿り気のある荒地に好んで生息するという。
私は、近所の公園の緑地や、空地でこの草を見たことがない。
青森市内の、私が暮らしている周辺では、側溝での目撃がほとんどである。
よっぽどのドブ好きなのだ。

このドブ好きは、現在では日本全国に分布がみられるという。
特徴は暗紫色の下品に角ばった茎と、縁に鋸歯がある細く尖った葉。
茎はよく分岐し、うるさいぐらいたくさんの枝を伸ばしている。
下の写真のように、葉は対生している。
丸っぽい葉の対生は可愛らしいが、尖った葉の対生はなんとなく嫌。

写真の花はまだ蕾状態だが、花が開いても、大きな図体の割にはすごく小さな頭花となる。
バランスが悪いことこの上ない。
頭花は、筒状花の集合体。
花冠の下のヘラ状の総苞片も、この草の特徴となっている。

秋のおそくに、筒状花が結実して、二本の角(冠毛)を持った「ひっつき虫」になる。
この種子が愛犬の体毛に引っ付いて絡むと、取り除くのが大変。
なにからなにまで嫌な草だぜ。

頭花の外縁に舌状花を数個もつものもある。
花の色は濃い黄色。
花の形といい色といい、なんとなく下品で私の好みではない。

私は野草ファンではあるが、好きになれない草も多い。
アメリカセンダングサは、私の嫌いな草ベストテンに入るほどのもので、今まで好んで取り上げたことは無かった。
今回、こんなに大きく成長したものを初めて見たので、記事にしてみたしだいである。


複葉対生していて縁に鋸歯のある葉。


もうすぐ開花。


長い総苞片が特徴的。


暗紫色の茎がアメリカセンダングサの特徴。

2017/09/10

四つ五器のそろはぬ花見心哉

「五器」というのは、正確には「御器」と書いて、蓋付きの食器のこととインターネットの「goo国語辞書」にある。
「御器」には 修行僧などが食物を乞うために持つお椀という意味もあるとか。

四つ五器のそろはぬ花見心哉
松尾芭蕉

「五器」のことを全く知らなかった私は、掲句を下記のように読んでいた。

「よついつつ うつわのそろはぬ はなみこころかな」

2017/09/01

ナイフツールが大活躍、CorelDRAWで鎖(チェーン)のイラストを描く方法

鎖のイラスト。
鎖のイラスト。



AdobeのIllustratorのテキストなどで、よく解説されている鎖の描き方。
その鎖のイラストを、「CorelDRAW X8」でも容易に描くことが出来た。
Illustratorとは、方法が違うところが面白い。
鎖のイラスト製作には、CorelDRAWの「ナイフツール」が大活躍。
一刀両断に切りまくって、見事な働きっぷりを見せてくれますよ。

「長方形ツール」の「丸型の角」

「丸型の角」。


ツールボックスの「長方形ツール」をクリックし、描画ページでドラッグして、鎖の輪っかの原型になる四角形を描く。
「長方形ツール」のプロパティバーで、「丸型の角」ボタンをクリックする。
長方形の高さが32mmであるから、角の半径入力ボックスに16mmと入力。
デフォルトでは鍵アイコンが閉じられているので、一ヶ所に入力すると、自動的に全ての角が一緒の数値になる。


輪郭の幅と色を指定する。


出来上がった輪っかの幅と色を「オブジェクトのプロパティ」ドッキングウィンドウで指定する。
ここでは輪郭の幅を8mmに、色を黄色に指定。
黄色いポリエチレン製のプラスチックチェーンという想定である。
その輪っかを一個複製し、高さを低くする。
輪っかの幅と輪郭の幅は同じである。
これは輪っかが斜めに傾いているように見せるための演出。
このふたつの輪っかを上図のように一組複製しておく。
オブジェクトを「選択ツール」で選択して、[Ctrl]+[D]を押すと、簡単にオブジェクトの複製が出来る。

「等高線ツール」

「輪郭をオブジェクトに変換」し「等高線」効果をかける。


一組の輪っかを「選択ツール」で選択し、メニューバーの「オブジェクト」>「輪郭をオブジェクトに変換」をクリック。
この輪っかの大きい方を選択し、ツールボックスの「等高線ツール」をクリックする。
デフォルトでは、「ドロップシャドウツール」のプルダウンボタンをクリックすると「等高線ツール」が表示される。
「等高線」効果をかけるのは、輪っかを立体的に表現するためである。

輪っかを選択状態のまま「等高線ツール」をクリックし、「等高線ツール」プロパティバーの「内側の等高線」ボタンをクリックする。
すると輪っかに、自動的に「等高線」効果が施される。
次に、「等高線ツール」プロパティバーの「ステップ数」と「等高線オフセット」数値入力ボックスに、絵(輪っか)の状態を見ながら適当な数値を入力して上図のように仕上げる。


同じ「等高線」効果を、もうひとつの輪っかにかける。


小さい方の輪っかにも同じ「等高線」効果をかける。
「等高線ツール」プロパティバーの「ステップ数」と「等高線オフセット」の設定値は、前の作業の入力値が保たれている。
そこで、小さい方の輪っかを選択し「等高線ツール」をクリックし、プロパティバーの「内側の等高線」ボタンをクリックすると、上図のように前回の輪っかと同じ結果が得られる。

「外側の等高線」

輪郭の幅と、色を指定。


複製しておいたもう一組の輪っかは、立体的に表現するための影用である。
黄色い輪っかの影であるから、黒っぽい黄色で塗りつぶし、輪郭の幅は2.5mmに指定。
この輪っかにも「等高線」効果をかけるのだが、今度は「外側の等高線」をかけるために輪郭を細く設定した。


「外側の等高線」。


前の作業で輪っかに「内側の等高線」効果をかけたのと同様に、影の輪っかに上図のように「外側の等高線」効果をかける。

「整列/配置」

本体上に影を配置。


影の輪っかを鎖の輪っか本体上に配置する。
「選択ツール」で影の輪っかと本体を選択し、「整列/配置」ドッキングウィンドウの「左右中央揃え」と「下揃え」ボタンをクリックして、上図のように重ねる。
これで、鎖の輪っからしい立体感が出てきたように思う。

同様に小さい輪っかにも影を配置する。
次に、影と本体を「選択ツール」で選択し、メニューバーの「オブジェクト」>「グループ」>「オブジェクトをグループ化」をクリックして、影と本体をグループ化しておく。


輪っかを鎖状に配列。


輪っかを複製して、「整列/配置」ドッキングウィンドウで上図のように配列する。
小さい輪っかを選択し、キーボードの[Shift]+[PgDn]を押して、上図のように最背面に配置。

「変形>位置」

説明を追加


小さい輪っかを選択状態のまま、メニューバーの「ウィンドウ」>「ドッキングウィンドウ」>「変形」>「位置」をクリック。
「位置」ドッキングウィンドウで上図のように設定して、小さい輪っかを真上に複製する。
そのまま、キーボードの[Shift]+[PgUp]を押して、複製した小さい輪っかを最前面に配置する。

ここが今回の重要なポイント。
大きな輪っかの背面と前面に同一の小さな輪っかがピッタリ重なって置かれていなければいけない。

いよいよ「ナイフツール」の登場

スッパリ切断。


「ナイフツール」は、デフォルトではツールボックスの上から三番目にある「切り抜きツール」のプルダウンボタンをクリックすると表示される。
昔懐かし「肥後守(ひごのかみ)」みたいなナイフ形のアイコンが目印。

前面に配置した小さい輪っかを「選択ツール」で選択。
これは「グループ化」してあるので、「選択ツール」でクリックするだけで、輪っか全体が選択状態になる。
この小さい輪っかは、影の輪っかと一緒に「等高線」効果を施してあるので複数のオブジェクトが重なって出来ている。
これを一度に切断するためには、オブジェクトを前もって「グループ化」しておく必要がある。

さて、上図のように、輪っかの左側を開始点にして「ナイフツール」でクリック。
そのまま輪っかの右側まで水平にドラッグして、輪っかを過ぎた地点で、マウスボタンを離す。
これで複数のオブジェクトが全て切断されてしまうのだからCorelDRAWは面白い。

このままでは、オブジェクトは「グループ化」されたままなので、切断はされたが、切断箇所を切り離すことが出来ない状態である。
そこで「選択ツール」で今一度輪っかを選択し、メニューバーの「オブジェクト」>「グループ」>「すべてのオブジェクトのグループ解除」をクリック。
それから下図のように、切断した下半分を「選択ツール」で囲み選択する。


切断した下半分を選択。

鎖状に連結

輪っかが鎖状に連結。


選択状態の輪っかの下半分を[Delete]キーを押して削除すると、あらあら不思議、輪っかが鎖状に連結されて見えるじゃないですか。
残りの2個にも、この作業を行う。
これで鎖のイラストの完成。
複製して繋げば、長い鎖も容易に作ることができる。


鎖のイラストの出来上がり。


鎖のイラスト。



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