これやこのゆくもかえるもわかれてはしるもしらぬもあふさかのせき
かなり凝っている。
肩と首と腰。
その他、二の腕や両の脚も凝っている。
まるで石のような筋肉。
血の通っていない石で出来た体。
こんな凝りには温泉が良いだろう。
身をつつみ込むような温かさで全身をほぐしたら、凝りの症状も軽くなるに違いない。
そう思って、山奥の湯治場へ出かけた。
乳白色のお湯に、のんびりした気分でつかったとき、じわじわっと体が少し楽になったような気がした。
体の凝りに効いたのだ。
凝りにはこれだ。
私は、思わず声を出した。
「これやこの湯」
湯船には落葉した赤いモミジの葉が浮いていて風情があった。
夕日が秋の山々を赤く染めて美しい。
まわりの景色を眺めているだけでも気分が和んだ。
猟に出ている時は獲物を追うのに夢中で、まわりの景色をのんびりと眺めている余裕は無い。
自身の現在地確認のために地形をチェックする程度である。
五感を研ぎ澄まして、山の獲物を探る。
そんな毎日が、身体を凝らせているのだ。
温泉でのんびりしたら、心底からそう思えた。
そう思いながら、何気なくお湯の水面に視線を移したとき、びっくり仰天。
お湯に蜘蛛や蛙の死骸が浮いている。
白目をむいて浮いているのだ。
お湯に沸いた白目の蜘蛛や蛙。
「ビエー!」
気がつくと、私は岩風呂から飛び出て走っていた。
一目散に。
私のもっとも苦手な蜘蛛と蛙が、お湯と一緒に沸いている。
蜘蛛と蛙が、温泉のお湯に沸かれて浮いている。
湯から飛び出て走るも、私の脇腹には白目の蛙の死骸がべっとりとひっついていた。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも、ビエー!」
頭の中は、なにがなんだかわからずに真っ白だ。
私の目まで白くなりそうだった。
というのは、だんだんあたりが白く濁りだしたからだ。
これは大変。
目は白くはならぬ、目は白くはならぬと私は念じた。
しかし動揺激しく、言葉が詰まって「白ぬ、白ぬ」と叫ぶ始末。
そう念じたせいか、目は白くはならぬも、まだ恐怖は続いている。
「白ぬも白ぬも・・・・・」
私はうわ言のように「白ぬも」と言い続けた。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも・・・・」
これはきっと殺生をしすぎた熊の祟りではあるまいか。
私は猟師仲間のなかでは、かなりやる方である。
そのぶん、殺生の数も人一倍多い。
私は根の深い祟りを負っているのだ。
湯治場の布団に潜り込んで、ふるえながらそう思った。
この祟りを祓うには、逆乗せ木しかない。
逆乗せ木とは、山の神に奉納するために、一枚の板に猟師の人形と熊の人形を乗せて飾るもの。
その際、板には、熊の人形はそのまま乗せるが猟師の人形は逆さまにして乗せる。
そうやって飾ることで、熊の霊魂を鎮めるのだ。
これは猟師仲間共通のやり方ではない。
私の一族が密かに守ってきた儀式である。
私は逆乗せ木の信仰を、狩猟方法とともに父から教わった。
さっそく逆乗せ木を作って、山の神に納めた。
そして、恐怖のために口に出たうわ言を、お祓いの呪文として唱え、熊の霊魂を鎮める儀式を執り行った。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも負う逆乗せ木」
すると全身の凝りが消えて、体がスーッと軽くなった。
私は、悪さをあきらめてくれた熊の霊魂に感謝した。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも負う逆乗せ木」
恐怖にかられて、とっさに口から出た呪文であった。
私は、この呪文を繰り返し唱え続け、熊の霊魂に捧げたのだった。
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肩と首と腰。
その他、二の腕や両の脚も凝っている。
まるで石のような筋肉。
血の通っていない石で出来た体。
こんな凝りには温泉が良いだろう。
身をつつみ込むような温かさで全身をほぐしたら、凝りの症状も軽くなるに違いない。
そう思って、山奥の湯治場へ出かけた。
乳白色のお湯に、のんびりした気分でつかったとき、じわじわっと体が少し楽になったような気がした。
体の凝りに効いたのだ。
凝りにはこれだ。
私は、思わず声を出した。
「これやこの湯」
湯船には落葉した赤いモミジの葉が浮いていて風情があった。
夕日が秋の山々を赤く染めて美しい。
まわりの景色を眺めているだけでも気分が和んだ。
猟に出ている時は獲物を追うのに夢中で、まわりの景色をのんびりと眺めている余裕は無い。
自身の現在地確認のために地形をチェックする程度である。
五感を研ぎ澄まして、山の獲物を探る。
そんな毎日が、身体を凝らせているのだ。
温泉でのんびりしたら、心底からそう思えた。
そう思いながら、何気なくお湯の水面に視線を移したとき、びっくり仰天。
お湯に蜘蛛や蛙の死骸が浮いている。
白目をむいて浮いているのだ。
お湯に沸いた白目の蜘蛛や蛙。
「ビエー!」
気がつくと、私は岩風呂から飛び出て走っていた。
一目散に。
私のもっとも苦手な蜘蛛と蛙が、お湯と一緒に沸いている。
蜘蛛と蛙が、温泉のお湯に沸かれて浮いている。
湯から飛び出て走るも、私の脇腹には白目の蛙の死骸がべっとりとひっついていた。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも、ビエー!」
頭の中は、なにがなんだかわからずに真っ白だ。
私の目まで白くなりそうだった。
というのは、だんだんあたりが白く濁りだしたからだ。
これは大変。
目は白くはならぬ、目は白くはならぬと私は念じた。
しかし動揺激しく、言葉が詰まって「白ぬ、白ぬ」と叫ぶ始末。
そう念じたせいか、目は白くはならぬも、まだ恐怖は続いている。
「白ぬも白ぬも・・・・・」
私はうわ言のように「白ぬも」と言い続けた。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも・・・・」
これはきっと殺生をしすぎた熊の祟りではあるまいか。
私は猟師仲間のなかでは、かなりやる方である。
そのぶん、殺生の数も人一倍多い。
私は根の深い祟りを負っているのだ。
湯治場の布団に潜り込んで、ふるえながらそう思った。
この祟りを祓うには、逆乗せ木しかない。
逆乗せ木とは、山の神に奉納するために、一枚の板に猟師の人形と熊の人形を乗せて飾るもの。
その際、板には、熊の人形はそのまま乗せるが猟師の人形は逆さまにして乗せる。
そうやって飾ることで、熊の霊魂を鎮めるのだ。
これは猟師仲間共通のやり方ではない。
私の一族が密かに守ってきた儀式である。
私は逆乗せ木の信仰を、狩猟方法とともに父から教わった。
さっそく逆乗せ木を作って、山の神に納めた。
そして、恐怖のために口に出たうわ言を、お祓いの呪文として唱え、熊の霊魂を鎮める儀式を執り行った。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも負う逆乗せ木」
すると全身の凝りが消えて、体がスーッと軽くなった。
私は、悪さをあきらめてくれた熊の霊魂に感謝した。
「これやこの湯蜘蛛蛙も沸かれて走るも白ぬも負う逆乗せ木」
恐怖にかられて、とっさに口から出た呪文であった。
私は、この呪文を繰り返し唱え続け、熊の霊魂に捧げたのだった。
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