雑談散歩

    山スキーやハイキング、読書や江戸俳諧、山野草や散歩、その他雑多なことなど。

三角寛についての記事

二冊の本。

ジャンルの異なる二冊の本を続けて読んでいたら、三角寛(ミスミ カン)のことを取り上げた記事が、その二冊の本に記載されていて、面白いと感じた。

三角寛は、「サンカの小説家」として昭和時代の初期に活躍した作家。
また、「サンカ研究者」と自称していたとのこと。
だが、その研究は、事実の調査よりも彼の創作によるところがほとんどであると言われ、学問的価値は低いという評価が一般的であるとされている。

私は二十代の頃に、知人の勧めで三角寛の「怪奇の山窩」を購入して、ちょっと読んだ。
あまり記憶にないところをみると、途中で投げ出してしまったようである。

さて、二冊の本とは、斉藤光政氏の「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」と五木寛之の「サンカの民と被差別の世界」である。

五木寛之の「サンカの民と被差別の世界」を興味深く読んでいたら、三角寛についての記事に行き当たった。
それで、この前まで流し読みしていた斉藤光政氏の「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」にも三角寛のことが書かれていたのを思い出し、「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」をちょっと調べてみた。

五木寛之の「サンカの民と被差別の世界」に三角寛が登場するのは当然のように思えるが、「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」に三角寛の話題が出ているのは意外だった。

斉藤光政氏は、「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」の最終部分で、安本美典氏の「論」を引用して、以下のように論じておられる。

文中の「サンカの研究」とは、国内の山野で漂泊生活を送る被差別民のサンカ(山窩)は、神代以来の伝承・習俗を脈々と受け継いているーとする考えで、縄文の残像を現代に求める古代史や民俗学の一部研究家が、かねてから深い関心を抱き続けてきたテーマでもあった。
(「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」より引用)

さらに斉藤光政氏は、筒井功氏の記述を引用したあと、以下のように述べておられる。 

サンカ“研究者”の三角さんも、外三郡誌“発見者”の和田さんも同じ体質を持っていたのである。「事実への執着がうすく、わずかな事実にとんでもない尾鰭を平気で付ける」という点においてである。
(「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」より引用)

結局、斉藤光政氏は、和田喜八郎の「虚言者」としての印象を強調するために、三角寛にたいする「評価」を引用した。
私は、そう感じた。

こういう抜粋や引用は、「戦後最大の偽書事件『東日流外三郡誌』」のあちこちに見られた。
和田喜八郎の「虚言者」像を、色濃く際立たせようとする斉藤光政氏の「責務感」のようなものを強く感じた次第である。

五木寛之は、「幻の『サンカ』を求めて」の章の「三角寛と柳田国男の対照的な『サンカ』像」で、以下のように述べている。

ところが、警察内部で「サンカ」に当てていたこの「山窩」という表記を三角が使って広めることになる。その結果、あたかもサンカが犯罪者集団でもあるかのような悪いイメージを、世間に流布することになってしまった。
(「サンカの民と被差別の世界」より引用)

五木寛之は、「山窩」という表記は、蔑称であると説いている。

氏は、三角寛の人物像を以下のように述べている。

三角寛という人は文才があって、おもしろおかしく物語をつくる能力に長けた想像力豊かな人だった。それは間違いないと思う。
(「サンカの民と被差別の世界」より引用)
さらに、以下のような記載がある。
ただし、三角寛が書いたことはどこまでがつくり話で、どこからどこまでが信憑性のある事実なのか、誰かがきちんと区分けすべきだと私は思っていた。彼の仕事のなかには、作家としての妄想やほら話の創作もたくさんあるが、玉石の「玉」の部分がないわけではない。これを全部まとめて否定してしまったり、全部まとめて信用してしまうというのではなく、きちんと分けて評価すべきだろう。
(「サンカの民と被差別の世界」より引用)

沖浦和光という民俗学者の論文が、この五木寛之の「評価」の裏付けになっているようであるが、その引用は、引用の引用みたいになってややこしいのでやめておこう。

これら二冊の本の、三角寛についての記事を読んで私が感じたことは、三角寛と和田喜八郎が同じ体質の人物であるなら、五木寛之が言うように、和田喜八郎にも「玉」の部分があるのではないかという妄想のような「憶測」である。

斉藤光政氏が言っている「わずかな事実にとんでもない尾鰭を平気で付ける」ということが、和田喜八郎にもみられるのであれば、和田喜八郎の「わずかな事実」とは、どういう事実なのだろう?

「わずかな事実」とは、一般的に知られた事実で、「とんでもない尾鰭」とは和田喜八郎のホラ話のことだと述べておられるようであるが。
「わずかな事実」が新発見の「玉」で、「とんでもない尾鰭」が「石」のような膨大な量の文章なのではないかという「妄想」が、私の中に湧いたりしている。


私が感じたことは「憶測」以上の妄想なのか、妄想以上の「憶測」なのか。
かつて青森県の五所川原市飯詰に在住していた和田喜八郎は、ペテン師なのか「異能の人」であるのか?

私には歴史の知識もなければ、探偵の技術もない。
ただの一読者に過ぎない。
「誰かがきちんと区分け」してくださることを願い待つばかりである。

Next Post Previous Post

広告