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2015/06/05

「なぜ」で始まるタイトルのブログ記事に、なぜアクセスが集まるのか?

なぜ暗い

「なぜ」で始まるタイトルのブログ記事に、なぜアクセスが集まるのか?』と書いたが、それは事実だろうか?
「なぜ」で始まるタイトルのブログ記事を書けば、本当にアクセスが集まるのだろうか?

当ブログにも「なぜ」で始まるタイトルの記事や、「何々は、なぜ、何々なのか」的な記事がいくつかある。

では、それらのアクセス状況はどうなのか。

表示回数(プレビュー数)の多い順にピックアップすると、その記事は以下のようになる。

「なぜ桜の花が咲かないのか」
「冬の雀は、なぜ太って見えるのか」
などなど。

なるほど、どの記事もそこそこのプレビュー数を持っている。
でも、それは「そこそこの」であって、「絶大な」では無い。

どうして?

「なぜ」は、国語では「陳述の副詞」に分類されている。
「何かを疑問に思っているような態度」や、「何かに疑問を感じている気持ち」を表わすときに使う。
「なぜ」は、後にくる言葉と呼応して使われるから、「呼応の副詞」とも言われているという。

「なぜ」と似たような使い方をする言葉に、「どうして」と「どうやって」がある。

「どうして」は、目の前の現実に対して、否定的な疑問を訴えるときに使われることが多い。
「こうなるはずだったのに、どうしてこうなっちゃったの?」というような。

「どうやって」は方法的な疑問を感じたときに使われることが多い。
「カギがかかっているのに、どうやって中に入ったの?」というような。

「どうして」も「どうやって」も具体的な解答を得ようとして発せられる。

これらと比べて「なぜ」は、もっと根源的な疑問の言葉だ。
私たちの日常を揺るがしかねない、鋭い疑問が内在している問いかけ。

雑談している時には、あまり登場しない。
激しい論争時に、繰り返し現れるような追及的な疑問。
それが「なぜ」独特のスタイルなのではあるまいか。

その点、「なぜ」で始まるタイトルの、私のブログ記事の内容は、あまり根源的では無い。
「なぜ」を「どうして」に置き換えても、別段かまわないような。
「なぜ」という言葉の、切っ先の鋭さだけを拝借しているようなタイトル付け。

これでは、「そこそこの」アクセスしか得られない。

ブログにアクセスする女性

では、「なぜ」を使ったどういうタイトル付けが、「絶大な」アクセスを得るのだろう。
私なりのアイデアを出してみると。

「なぜ、汚くて金も無いブサイクな男が、女にモテルのか?」
てな感じ。

これには、たくさんの異論が出る。
反感が舞い飛ぶ。

でも、異論や反感は、関心や興味の裏返し。

異性に対する興味や好奇心は、今の時代でも、多くの人たちが抱いている「パッション」のようなもの。

そういう「パッション」に動かされて多くの男達が、このブログ記事を読もうとする。
女性たちも、「えっ、そんな男、いるの-?チョー不気味」みたいな興味ごころで、このブログ記事を読もうとする。

あり得ない事が、現実に起こることに対する関心(好奇心)は、絶大である。
そういう訳で、このタイトルのブログ記事は、絶大なアクセスを得る。
いわゆる、バズる。

これが、『「なぜ」で始まるタイトルのブログ記事に、なぜアクセスが集まるのか?』の解答。

ただ、私には、こういう経験が無いので、「なぜ、汚くて金も無いブサイクな男が、女にモテルのか?」というタイトルのブログ記事は書けない。

残念ながら、そういう事例も知らないので、「なぜ、汚くて金も無いブサイクな男が、女にモテルのか?」というバズる記事は書けないでいるのだ。

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