2015/11/23

梅が香にのつと日の出る山路哉

私の主観的な推測によれば、前回書いたテンプレートは、この句にもあてはまる。
そのテンプレートとは「季節(季語)+天+地」のこと。
「梅が香」→季節(季語)
「天」→「日」
「地」→「山路」

梅が香にのつと日の出る山路哉
松尾芭蕉

芭蕉51歳のときの作。
前回取り上げた「五月雨の空吹き落せ大井川」の句よりも前、元禄七年一月の作である。

二句とも、江戸を出て、故郷の伊賀上野に向かう旅の途中で詠んだもの。
「梅の香に」の句に特徴的なものは「のっと」という擬態語。
芭蕉が擬態語を用いて作った句を、時々見かける。
ほろほろと山吹ちるか滝の音」とか「馬ぼくぼく我を絵に見る夏野かな」など。

同じ51歳の秋に、「菊の香や奈良には・・・」の句の前に「びいと啼く尻声悲し夜の鹿」という擬声語を用いた句を作っている。
「ぴいと啼く」は鹿の鳴き声を聞いて、そう表したのだろう。

「のっと日の出る」は、擬態語を用いて、その雰囲気を出したもの。
「のっと」は、割合短い時間内での動きを表している。
梅の香りのする山道を歩いていたら、いつのまにか太陽が上がっていたというような。

雲に閉ざされて、まだ薄暗い明け方である。
梅の香りが漂っているので、どこに山梅の花があるのだろうと探しながら山道を歩いていたら、突然雲の合間から朝日が顔を出した。
モルゲンロート。
山梅のことが頭にあったので、突然の朝日に驚かされた。
だがそのおかげで、山道が一面朝焼けに染まり、その光に照らされて山梅の花が輝いているのを見つけることが出来た。
というようなイメージを、私はこの句に抱いた。

芭蕉は、「座の文芸」としての「俳諧(俳諧連歌)」の、冒頭で詠まれる発句(立句)の独立性を高めたといわれている。
そして、単独でも文芸作品として鑑賞に堪える自立性の高い発句(地発句)を数多く詠んだ。
こうして、世に知られた多くの芭蕉の名句が、近代の「俳句」の源流となった。

名句と言われている句は、イメージを喚起させる力が強い。
その句の持っている多様な「イメージ力」によって芭蕉の句が多くの人々に親しまれ愛されているのだ。
特定のグループの文芸であった俳諧が、芭蕉によって、発句の自立した「個の文芸」として人々の間に広まるようになった。

句を読む人々は、芭蕉の描き出した世界に共感を覚える。
句に使われている言葉が身近なものであれば、読者の共感度も高まる。

芭蕉が「梅が香にのつと日の出る山路哉」と詠めば、「まさにそうなんだ」と頷いた人々がたくさんいたことだろう。
この句も、多くの読者の共感を獲得した句であると思う。

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