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2016/08/04

白菊の目に立てて見る塵もなし

白菊は、清いものの代名詞となっている。
「白菊幼稚園」とか「白菊学園」とか、清いイメージを強調したいときに用いられる。
白菊と名の付いた集団に属する者は、その名に恥じないように、自身も白菊のように清くあろうと努める。
言葉による「暗示」の力だろうか。

白菊の目に立てて見る塵もなし

元禄7年9月27日、園女亭(そのめてい)にて催された「九吟歌仙興行」での芭蕉の発句である。
園女は大坂に住んでいる蕉門の女流俳人。
夫は、医師で俳人の斯波一有(しばいちゆう)。
一有もこの日の句会に参加している。

芭蕉は、9月29日の夜から病が重くなり、臥床する。
その二日前の句会であるから、体調の悪さはかなりだったに違いない。
病をおして句会に参加したのだろう。
そして、これが芭蕉にとって最後の句会となった。

この句は、招いてくれた園女への挨拶句でもあるという。
園女を「白菊」になぞらえて、そのけがれの無い美しさを詠った。
あるいは、園女の俳諧の純白で俗塵にまみれていない様を、句に詠んだのかもしれない。

白菊

この句会が催された座敷には、美しい「白菊」が飾られていたのか。
それとも、病を患っている芭蕉を気遣って、菊は縁起でもないと床の間から片付けられたのか。

ともあれ「白菊」とは一塵も無いものの例え。
それをなぜ芭蕉は、「目に立てて見る塵もなし」と詠んだのだろう。
「目に立てて」とは目立つという意味であると思われる。
「目に立てて」と詠って、さらに「見る」と続ける。
限られた字数を強いられる俳諧において、同じような意味合いの言葉を二度使うのは、イメージの広がりを閉じてしまうことになりはしないだろうか。
「白菊」と「塵もなし」も同様のことと私には思われる。

掲句には、芭蕉の句に見られる空間の広がりが感じられない。
むしろ、マクロレンズで撮った「白菊」の接写写真を見せられているようなイメージである。

芭蕉は、この句を作ることによって、病に侵されている自身を「白菊」と置き換えようとしたのではあるまいか。
芭蕉は、園女を「白菊」に見立てながら、自身をも「白菊」になぞらえた。
病のけがれの無い清らかな「白菊」の、その微視的な世界に自己を投影しようとしたのかもしれない。

白という色には、状態を新しくしてやり直すというイメージがある。
病状の悪化が進行するなかで、芭蕉は、自身をまっさらな状態にリセットしようと、「白菊」という言葉に暗示を求めたのではあるまいか。

白菊の目に立てて見る塵もなし

この句は、園女への挨拶句という趣を借りた芭蕉自身の祈りの句であると、私は想像している。

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