2016/10/08

連句の面白さ「灰汁桶の雫やみけりきりぎりす」

灰汁(アク)は、最古の洗剤として紀元前から使われていたといわれ、旧約聖書などに灰汁という言葉がしばしば出ています。日本でも洗濯には昔から木灰の灰汁が用いられ、江戸時代には、桶に水を満たして灰を入れ、底の栓口から灰汁がしたたるようになった「灰汁桶」が各戸に置かれていて、これを用いてたらいで手洗いしていたようです。また、石鹸や合成洗剤が普及する第二次大戦後まで、洗浄剤として広く一般に使われていました。
    ※石鹸百科(株式会社 生活と科学社)サイトより引用

灰汁桶(あくおけ)の雫(しずく)やみけりきりぎりす
野沢凡兆

この句は、「猿蓑集 巻之五」の『「灰汁桶」の巻』という連句における凡兆の発句。
生活感がにじみ出ている叙景的な句として印象深い。
家の隅に置いてある灰汁桶から雫が滴っている様子が目に見えるようである。
薄暗い土間で、長い年月を通して使い込まれた灰汁桶の存在感が読む者に伝わってくる。
灰汁を作るには、灰汁を出す桶と灰汁を受ける桶が必要である。
灰汁の溜まった下の桶に上の桶から灰汁の滴が落ちる。
そのポチャッ、ポチャッという音が、土間から聞こえる静かな宵。
気がつくと、灰汁桶の雫の音がいつのまにか止んでいて、きりぎりす(コオロギ)の鳴いている音だけが聞こえてくる。
暮らしを営む音が、いつのまにか自然の虫の音に変わっている。
物思う秋の夜の、静寂感に満ちた句である。

これに続く芭蕉の句が「あぶらかすりて宵寝する秋」
「かすりて」は品切れの意。
灯火用の油が切れてしまったので、宵のうちに早寝してしまうというようなイメージである。
芭蕉は物語の場面を土間から畳の間へと移した。

「新畳(あらだたみ)敷ならしたる月かげに」と岡田野水(おかだやすい)が句をつなぐ。
連句の「式目」である『「第三」の下五の句は、留字「て」「に」「にて」「らん」「もなし」で留める。』が守られている。
畳替えしたばかりの寝所に、煌々と月の光が射し込んでいる。
油が切れて灯火が無くても、闇夜では無い。

「ならべて嬉し十のさかづき」と向井去来(むかいきょらい)があどけなく続ける。
まだ寝るには早すぎるし、お月様のおかげで家のなかも明るい。
しまってあった十個の盃を畳の上に並べて眺めるのも嬉しいことだ。
友人達を集めて月見の宴を開くのもいいかも、てな感じかな。

「千代経(ちよふ)べき物を様々子日(ねのび)して」と芭蕉がちょっとひねる。
「子日」で季節が秋から春に変わった。
「子日」とは、平安時代、正月初子(はつね)の日に、貴族が野に出て小松を引き抜き、若葉を摘んで遊び、宴を設けた行事とのこと。
もともとは宮廷で行われていた儀式だったが、江戸時代には庶民の行事へと広がったらしい。
これから千年の時を経るかもしれない縁起の良いものを様々並べて子日の宴と致しましょう、というようなイメージ。
この句は西行の歌「千世経べき物をさながら集むとも君が齢を知らんものかは」をふまえたものという説があるが、そういう知識が無くても連句は楽しめる。

これに対して凡兆は「鶯の音にだびら雪降る」
凡兆は、視線を部屋の内から外へ移した。
鶯の鳴き音に春の大片の雪が降っている。
鶯がさえずる季節になったとはいえ、まだまだ寒い日が続くというイメージ。
「灰汁桶の雫」や「きりぎりす」、「鶯の音」と聴覚的なイメージを出していた凡兆が「だびら雪」という視覚的なイメージを持ち出して、物語の場面を屋内から屋外へと変えたのだ。
連句は前へ前へと進んで、イメージの停滞を許さない。
凡兆のこの句にも、西行の歌「子日しに霞たなびく野辺に出て初鶯の声を聞つる」をふまえたものという説がある。

芭蕉が西行を持ち出せば、凡兆も西行で応じる。
芭蕉と凡兆の「暗黙の対決」というものがあったのだろうか?

ともあれ、凡兆の句で連句の表六句が終了したことになる。
猿蓑『「灰汁桶」の巻』は「三十六歌仙」で、句はまだまだ続く。
が、私の下手な「解説」はここまでということで。

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