2017/03/13

芭蕉の松島の句「島々や千々に砕きて夏の海」

「おくのほそ道」に、松尾芭蕉の松島の句は載っていない。
一説によると、芭蕉は松島の風景を前にして、そのあまりの素晴らしさに言葉も無く、句も思い浮かばなかったと言われている。
今榮藏氏の「芭蕉年譜大成」には、芭蕉が松島を詠んだ句として「蕉翁全伝附録」にある句が載せてある。

日付は、五月九日。
随行の「曾良」の日記によれば、この日の行程の概略は以下の通りである。
  1. 塩竈明神を参拝。
  2. 塩竈より出船。
  3. 千賀の浦、籬(まがき)島、都島を見物。
  4. 牛の刻、松島に着船。
  5. 瑞巌寺、北条時頼の無相禅窟、その他名所を巡覧。
  6. 松島の久之助方に宿泊。
この日のものとして下の句が「芭蕉年譜大成」に記されてある。
ただ、この句には前文があったらしいが、「芭蕉年譜大成」では省略されている。

島々や千々に砕きて夏の海
松尾芭蕉

前回、一茶の記事を書いたのだが、ちょっとお説教じみた一茶の句の「口直し」に、何か爽やかなものはないかと探していたら芭蕉の掲句に行き当たった。

なんだ芭蕉さん、松島の句を作っているじゃありませんか。
これは、あっさりとしていて私の好み。
何よりも表現が平易。
やさしくてわかりやすいことはいいことである。

しかも雄大なイメージ。
目の前に展開する島々。
その島の磯を噛んで砕ける白波。
遠くに広がる夏の太平洋。
同時に、荒波によって千々に砕けたような島々。

押し寄せる波を、迎え撃つように砕く磯の岩。
そして、荒波が磯の岩を砕き島を砕く。
そういうふたつのイメージを喚起しているような句である。

遙か昔から今現在までの時の移ろい。
その繰り返される波によって、このような造形ができたのではあるまいかという驚きも込められている。
空間と時間の広がりが感じられる雄大なイメージを、この句は持っていると思う。

「千々に」という句は、「数が多い」という意味では島々を表している。
「たくさん」という意味では、たくさんの時間ということで悠久の時を示していると思われる。
そして「千々に」が、変化に富んでいるさまという意味では、松島の風景全体を表している。
平易な句だが、バラエティーに富んだ句でもある。
そのバラエティーは、そのまま松島の景勝地の印象につながる。

淡々とした味わいと、凝縮されたイメージ。
僭越ながら、芭蕉の技巧の一端を垣間見るような句になっていると思う。

尚、随行の「曾良」の句「松島や鶴に身をかれほととぎす」が「おくのほそ道」に掲載されている。
「曾良」の句のあとに、芭蕉は「予は口を閉ぢて眠らんとしていねられず。」と続けている。
これが、「芭蕉は、松島の句が思い浮かばなかった」というように解釈されているようだ。

また、芭蕉は「そもそも、ことふりにたれど・・・」と書きはじめ、「・・・その気色窅然として、美人の顔を粧ふ。ちはやぶる神の昔、大山祇のなせるわざにや」と、松島の景色に対して称賛の辞をならべている。
そのあとに、「造化の天工、いづれの人か筆をふるひ、詞を尽くさむ。」と結んだ。
自身で松島に対する称賛の言葉を書いておきながら、この天の造形美をいったい誰が絵や詩で表現し得ようかとまとめている。

現在で言う「あまりに素晴らしくて、称賛の言葉もありません」という、地元の有力者に対する挨拶文のようなものなのだろうか。
そうしながらも、ひそかに句を詠んでいる。

島々や千々に砕きて夏の海

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