2017/08/25

平和公園の池の底はコンクリートだった

池の清掃。
晴れ。
本日の最高気温は28.2℃。
30℃は越えているでしょうという感じの暑さだったが、越えてはいなかった。
涼をもとめて、愛犬と平和公園へ。
木陰の多い「ケヤキ広場」を散歩しようとしたが、愛犬は池の方へ向かった。
愛犬に引っ張られて、噴水の横を通り、西の端の池へ。
辿り着いたら、池に水が無い。
池を覗き込むと、池の底はカラだった。

池を清掃中。
池の水を抜いて、底のヘドロを排泄していたようだ。
もう掃除は終わっていて、池の底のゴミやヘドロは取り除かれ、コンクリート製の底が露出していた。
てっきり土だと思っていた池の底がコンクリートだったとは。
都市公園の人工池である。
池の底がコンクリートだからと言って、別に驚くほどのことではない。

池の底の土に根を下ろしていたと思っていたガマやミソハギは、下の写真のように、大きな鉢のなかに植えられていた。
もちろん、鉢の中には土が入っている。

コンクリート底が露出。
ところで、「池の清掃」では、どうもピンと来ない。
こういう仕事内容にピッタリの言葉があるはず。
川浚(さら)えであれば浚渫(しゅんせつ)工事。
池浚えはそのまま「池浚え」と言うのだろうか。

「池浚え」で検索したら「掻い掘り(かいぼり)」という言葉が見つかった。
知らない言葉だったが、なんとなく作業内容が想像できそうな言葉だ。
「大辞林」で調べると、「掻い掘り」とは、池や沼の水を汲み出して干し、魚をとること」とある。
これだと池や沼の浄化作業ではなく、鯉や鮒を捕まえるための漁法のようにも受け取れる。

もともと「掻い掘り」は、日本の伝統的な「ため池」管理の方法であるという。
農閑期に、池の水を抜いて、底に堆積したヘドロや土砂を取り除く。
ヘドロは有機物の死骸などで出来ており、それを肥料にしたという。
ため池の底を天日に干し、獲った魚は食料として利用した。
ウィキペデアで調べると、そんなことが書かれてあった。

江戸時代の稲作農家の共同作業の様子が目に浮かぶようである。
ため池の利用者が集まって、溜池を浄化する。
これは翌年の米の収穫に影響する大切な共同農作業。
その共同作業が終わったら打ち上げの宴会。
酒の肴には、「掻い掘り」の副産物である溜池の魚を調理したものが出される。
夜更けまで盃を酌み交わして、共同体の絆を深める。

「掻い掘り」と似たような意味の言葉で「池普請(いけぶしん)」というのもある。
「池普請」は「大辞林」には載ってない言葉だった。
インターネットの「weblio辞書」には、「一年の間に池底にたまった不要な雑物を浚う冬の行事」とある。
どうやらこちらは、庭園の池の清掃のようなイメージ。
ちなみに俳句では「掻い掘り」は夏の季語、「池普請」は冬の季語とされている。

などと色々書いたが、この池がコンクリート底じゃね。
ま、それにはそれなりの理由があるのだろう。
たとえば地質が砂地で水が溜まりにくいとか。
それならそれで、粘土層を造ってその上に小石を敷くとか・・・。
なんてことはともかくとして、池の底がコンクリートなら「池の清掃」でもいいんじゃないという気分になってくる。
コンクリート底の池に「掻い掘り」や「池普請」はふさわしくない。

平和公園を散歩で訪れるたびに、夏になってから池の水がずいぶん濁ってきたなあと感じていたこの頃であったのだ。
この「池の清掃」で、その濁りもだいぶ消えるに違いない。

抽水植物は、土を入れた鉢の中。

作業の方々。

噴水はフル出力。

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