雑談散歩

    山スキーやハイキング、読書や江戸俳諧、山野草や散歩、その他雑多なことなど。

奥山に、猫またといふものありて

「奥山に、猫またといふものありて、人を食らふなる」と、人の言ひけるに、
あまり人の行かない山奥には、猫又という猫の妖怪が潜んでいて、山奥に迷い込んだ人を襲って食い殺してしまうという。
そういう噂話を、山菜採りを生業とする人が言っていた。
また、別の人は、「山ばかりではなく、京都の町なかでも、歳をとった猫が変化(へんげ)し、猫又になって人を襲うことがあるらしい。」と言っていた。

傍でこの話を恐々聞いていたのは、行願寺門前町に独りで暮らしているアミダなんとかという坊主頭の、カラオケ好きな老人である。
彼はこの話を聞いて、夜に独りで出歩くときは気をつけなくてはいけないと肝に銘じたのだった。

猫又が山奥に出るのは自分には関係ないが、このあたりにも出るとなれば、自分の身にも危険が及ぶかもしれない。
歳経た猫なんか、さっさと始末してしまえばいいものを。
これでは、スナック通いも控えなければならない、などと考えるほどに不安が増してきた。
そんな折も折、なじみのスナックでカラオケ大会が催されることとなった。
艶っぽいママから、「アミダさんもぜひおいでになってね。」と携帯電話でささやかれると、顔を出さないわけにはいかない。

そのカラオケ大会からの帰り道でのことだった。
老人はつい調子に乗って、夜が更けるまで歌い続け、すっかりハイな気分になった。
店を出たときにはまとまっていた客達が、暗がりのなかへ、あちらこちらに四散。
老人は割りと近所だったのでタクシーを拾わずに、カラオケ大会の景品を懐にフラフラ独りで歩いて帰った。

家の近くの道を、幅広い側溝に沿って歩いていると、横のほうで物音がした。
ハアハアという獣の荒い息遣い。
それを聞いた老人は、不安に駆られ恐怖の虜となった。
これは、噂に聞いた猫又に違いない。
やっぱり町なかでも出るのだ、おお恐ろしや。

すると猫又は、老人の足元めがけてまっすぐに駆け寄り、飛びついて首のあたりに食いつこうとする。
味見をするように、坊主頭をペロペロと長い舌で舐めまわす。
「ギャーッ!」
老人はパニック状態で、抵抗するにも力が出ない。
腰を抜かして、側溝の水のなかへ転がり落ちた。
「助けてくれーっ、猫又じゃー、ギャーッ!ギャーッ!。」
と泣き叫ぶ。

沿道の家々から、ライトを手に持った住民が駆け寄ってきて、側溝を見下ろす。
老人を見知った者が何人かいて、「どうしたんだい」と側溝に手を差し伸べて、老人を抱え上げた。
カラオケ大会の景品の扇子や小箱は、懐からこぼれて、水に浮いたり沈んだり。

老人は、九死に一生を得た様子で、駆けつけた人たちにお礼も言わずに、「ハフハフ」と呻いて、這いながら自分の家の戸口に転がり込んだ。
その後を、尾を振りながら犬がついていった。

老人の飼犬が、帰ってきた主人を暗闇のなかに見つけて、うれしさのあまり飛びついたということだった。
飼ひける犬の、暗けれど、主を知りて、飛びつきたりけるとぞ。

参考図書>「新版 徒然草 現代語訳付き」著:兼好法師 訳:小川剛生(角川ソフィア文庫)

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