2020/09/17

「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」異論もありかな

秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

藤原敏行朝臣の作とされているこの歌は、秋になるとよく耳にする歌のひとつである。
すぐれた秋の歌として、多くの人たちに愛吟されている。

私もこの歌に出会ったころは、「ああ、なんて良い歌なんだろう」と思った。
秋の到来が風の音で表現されていて、心が洗われるような清々しさを感じたものだった。

ところが、このごろの私は、そんなに「良い歌だ」とは思わなくなっている。
この歌に、何か、しらじらしいものを感じてしまうのだ。

それは、なぜだろう。

私の感想などシロートの戯言のようなものなのかもしれない。
古来よりこの歌は、「古今和歌集」に入集(にっしゅう)するなどして称賛されてきた「秀歌」なのである。

現代における「古今和歌集」の評価はともかく。
当時「勅撰集」に採用されるということは、公に「良い歌だ」と認められることである。
大王(おおきみ:天皇や上皇)認定の「秀歌」に「しらじらしい」とイチャモンをつけるなど、無礼千万なこと。

しかし私のなかでは、秋は目で見つけるものであるという根強い思いがあるのだ。
その思いは、「秋きぬと」の歌との出会いのはるか前に、サトウハチロー氏の「小さい秋みつけた」という歌によって育まれたものである。

庶民詩人の詩を愛読していた私は、たしかに宮廷詩人との出会いに新鮮な感覚を覚えた。
だが、私のなかの庶民としての視点は根強いものだった。
私の庶民的な視点は、「秋きぬと」の歌に「小さい秋みつけた」的な思いが欠落していることを私に気づかせたのだった。

歌は季節を詠むものであるから、歌人が季節の変化を見逃すはずは無い。
というのが私の、この歌にたいする「疑念」の発端となっている。

優れた歌人なら盛夏の最中であっても、「ちいさい秋」を見つけることができるはずである。
当然、藤原敏行朝臣も秋の兆候である「ちいさい秋」に気がついていたことだろう。
どこからともなく飛んでくる赤とんぼを目にしたり、鈴虫の鳴き声を耳にしたり。
日中の暑さは夏のものだが、朝晩の涼しさに過ぎ去る夏を感じたり。
稲が実り、果物が実り、ススキが花を咲かせる。

でもそういう兆候から目を逸らして、「秋が来たという変化は、まだ私の目にははっきりと見えないけれど」というしらじらしい前提を、歌を読む者に突きつける。
その前提を盾にして、「風の音で、突然、秋の到来を知り、はっと驚いたよ」と今更ながら読者に告げる。
ずいぶんわざとらしい歌であると感じるのは私だけだろうか。

たとえ和歌の愛好者が平安時代の農民や商人であっても、彼らもまた歌人同様に自然の変化に敏感だったはずである。
自然からの情報をもとに暮しを成り立たせていたからである。
そんなファンを前にして「風の音で、突然、秋の到来を知り、はっと驚いたよ」はないでしょう。

「私の疑念の発端」に話をもどそう。
藤原敏行朝臣は、なぜ「ちいさい秋」を無視せざるを得なかったのだろう。

この歌は「古今和歌集」に、秋の部の巻頭歌として収録されている。
歌の前に「秋立つ日詠める」という詞書(ことばがき)がついている。
どうやら「秋立つ日」という詞書に、私の疑念の答えがありそうだ。

「秋立つ日」とは立秋のこと。
立秋とは、「二十四節気(にじゅうしせっき)」のひとつ。
「二十四節気」とは、一年を春夏秋冬の四つに分け、さらにそれぞれの季節を六つに分けたもの。
一年を二十四等分した形の暦で、春夏秋冬の自然を数理的に区切ったものである。

この方法は、中国の戦国時代(紀元前770年~紀元前221年)の頃に作られたと言われている。
「二十四節気」が日本に伝わったのは、平安時代の初め頃とのこと。
藤原敏行朝臣は平安時代前期の歌人である。

さて、ここからは私のヘッポコ推理になる。
藤原敏行朝臣は多くの日本人同様に、季節の移ろいを目で追っていた。
ところが、世の中に「二十四節気」なる自然の見かたが流行りだした。

「二十四節気」は、古代中国での農作業の目安として作られた暦である。
それが平安時代に日本に伝わったということは、日本の農業が「二十四節気」を応用しようとしたのかもしれない。
あるいは、農作業とは無関係に、宮廷貴族の間で「春分」や「夏至」が風流であるからと「二十四節気」がもたらす季節感を重宝したのかもしれない。

いずれにしても、平安歌人たちは、「二十四節気」を頼りに、安易に春夏秋冬を感じとるようになった。
「二十四節気」は平安歌人達の「歌の参考書」になったのである。
極端なことを言えば、「立秋」になる前に秋の歌を詠むのは野暮とか、そんな傾向が頭をもたげていたのかもしれない。

このことに、藤原敏行朝臣は大いに驚いた。
まさに、「二十四節気」は、安易な季節感の「風の音」だったのである。
実際の季節の機微は、誰の目にも「さやかに見えねども」になりつつあるなと危惧した。
「二十四節気」には「小さい秋みつけた」が無いじゃないかと、藤原敏行朝臣がひそかに憤ったかどうかは定かではない。


定かであるかもしれないのは、紀貫之(きのつらゆき)の「二十四節気」に対する「執着」である。
「古今和歌集」の撰者であった紀貫之は、自ら「二十四節気」を意識した歌を「古今和歌集」に収録している。

袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ

この歌の詞書は「春立ちける日よめる」となっている。
「二十四節気」の「立春」の日に詠んだ歌である。

この歌を私は「夏に袖を濡らして水遊びをしていた水が冬には凍ってしまったが、『立春』の今日の風がその氷を溶かして再び夏の水にもどしている」と「解釈」している。
極端に言えば、「立春」になったから氷が溶けたのだという歌である。

さらに紀貫之の「古今和歌集」収録の歌をもうひとつ。

川風の涼しくもあるかうち寄する波とともにや秋は立つらむ

この歌の詞書は「秋立つ日、うへのをのこども、賀茂の河原に川逍遥しける供にまかりてよめる」となっている。
「立秋」の日に詠んだ歌であると詞書に記し、「立秋」になって川風が涼しくなったと詠っているのだ。

「うへのをのこども」とは、殿上人(てんじょうびと)たち、あるいは殿上に出仕する男性たちのこと。
「川逍遥」とは川遊びのこと。
平安貴族は、よほど水遊びが好きだったようである。

それはともかく、この歌でも紀貫之は「立秋」という暦の概念を題材にしている。
「立秋」という「二十四節気」の視点から自然を詠っているのである。


これに反して藤原敏行朝臣は、古来からの日本人の自然に対する視点を守りたかったのではないかと私は思っている。

紀貫之は、平安時代前期から中期にかけて活躍した歌人である。
紀貫之の、「二十四節気」自然観で作られた歌を、藤原敏行朝臣が読んでいたかどうかは私には不明である。
藤原敏行朝臣の没年は、901年(昌泰4年)とも907年(延喜7年)とも言われている。
一方、「古今和歌集」の奏上は、905年(延喜5年)とも912年(延喜12年)とも言われている。

だが、藤原敏行朝臣は、暦をもとにした歌作りが流行ることを予測していたのではないだろうか。
そしてそれを「秋きぬと」で痛烈に皮肉ったのである。
そう私は思っている。


ここでもう一度「秋きぬと」を見てみよう。

秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

この歌の私なりの意訳は以下のとおりである。
「秋になったと暦が示すと、歌人たちはそのことに目を奪われて、目の前の自然を見ようとしない。あちこちから聞こえる『立秋』というささやきが、まるで暦に従えという『風の音』のように聞こえてきたので驚いてしまったよ」

この歌には、藤原敏行朝臣が「二十四節気」で季節感を理解することに、文化的な危機を感じている様子がうかがえる。
歌は、季節の兆候を見出して作るものだという藤原敏行朝臣の歌論のようなものを感じるといえばおおげさだろうか。

「秋の到来が風の音で表現されていて、心が洗われるような清々しさ」という表のムードの裏には、藤原敏行朝臣の「二十四節気」風自然観にたいする不満が貼りついているように私は感じている。
そういう作者の不満をこの歌に感じてしまうと、この歌の持っている情緒が薄れ、「ああ、なんて良い歌なんだろう」という感動が私の中で消えてしまうのである。


私をそういう気分にさせている藤原敏行朝臣のもうひとつの歌をここに上げよう。

白露の色はひとつをいかにして秋の木の葉をちぢに染むらん

 
この歌も、「古今和歌集」に収録されている。
「白露(しらつゆ)」とは、白く光って見える露のことであり、「二十四節気」の「白露(はくろ)」のことでもある。

この歌の一般的な解釈は以下の通りである。
「木の葉の上の白く光って見える露は一色なのに、秋になるとその露がどのようにして木の葉を様々な色に染め上げるのだろうか」
この歌の詞書に「是貞のみこの家の歌合によめる」とあるから、歌合せの相手に対して問いかけている歌であることがわかる。

しかしこの歌は、暦を歌の題材に多用しがちな風潮に対する問いかけのようにも私には思えるのだ。
「暦にある白露はひとつの概念でしかないのに、その概念をどのように用いれば秋の様々な紅葉や様々な自然の機微を表現することができるのだろうか」という藤原敏行朝臣の問いかけである。

「秋きぬと」の歌にしらじらしさを感じるとしたら、それは、季節感を「二十四節気」から得ようとする平安歌人にたいして感じた藤原敏行朝臣の興ざめした気持ちが伝わってくるからではあるまいか。

これがこの歌にたいして抱いた私の「疑念」の答えである。

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