仕事 営業の方

 仕事の関係で、いろいろな分野の営業の方とお話をします。営業といっても会社によって様々で、現場仕事をこなす営業の方もいれば、ご用聞きオンリーの方もいます。
 私はデスクワーク半分、現場半分なので、現場仕事をこなす営業の方とは気が合いますね。現場の労苦がわかる方は、現場での対人関係の積み重ねが影響しているのか、話し方や考え方や行動に余裕があると感じています。
 
 私が知っている「ご用聞きオンリー」の営業の方は、すべてではありませんが、物言いに余裕が無く、行動もセカセカして、いつも時間に追われているというような感じです。
 取引先から受けるストレス、自社の上司から受けるストレス、そして自分自身の能力の低さから受ける自虐的なストレスが相当たまっているように見受けられます。
  
 時には自虐的なストレスの裏返しで、人のスキをついては高慢になったり、そのあと、高慢に振る舞ったことへの自戒なのか妙にへりくだったり。せわしなさ人一倍です。
 ここまで読めばおわかりでしょうが、特定の人物がお1人いらっしゃるのです。
 私がお客で、私から仕事を受ける立場の「ご用聞きオンリー」の方なのですが、電話では、実にせわしい話し方をなさるのです。
 私もまだ未熟者ですから、その電話のあとは、せわしい風に吹きさらされたような、寒々とした気分になります。
 
 そういう方でも、今のところ、仕事上入用なのです。さりげなく機嫌をとって仕事をしてもらっております。そうしながら、私自身のことを考えます。私も貧乏暇無しですから、相手にせわしい印象を与えていないだろうか、と。電話で、ヒステリックに高慢に振る舞っていないだろうか、と。
 
 ひょっとして、その「ご用聞きオンリー」の若い営業の方は、壊れやすいガラスの鏡なのかも知れません。その壊れて、とがったガラスの鏡に映っているのは、私のせわしない姿なのかも知れません。そうだから、私は寒々とした気分になるのかも知れません。

 ご用聞きは、ご用聞きです。私の注文と振舞いを電話口で繰り返すだけ。
 
 生活のなかで人に会うのと、仕事で人に会うのとの違いは、前者は迂回できますが、後者は避けられないということでしょう。
 「今のところ入用な人」などとは考えずに、避けられない人と考えて覚悟を決めれば、穏やかな気分になって来ます。
 そうすれば電話口の壊れやすい鏡も、穏やかな私を映してくれることでしょう。

 ときたま電話ではなく、対面するとその方は、「ご用聞き」特有のポーズで、哀れなほどへりくだるのです。
 そういうとき思うのです。もっとしっかりと鏡を見れば、私は私自身のみっともない部分を直すことができるかも知れない、と。
 かの「ご用聞きオンリー」の方は、ひょっとしたら私の「師」であるかもしれない。
 鏡を見る方法(それは私自身への躾)を身につけなければ、この寒々気分からは解放されないことでしょう。

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