雑談散歩

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芭蕉が好感を覚えたワイルドな風景「いも植えて門は葎の若葉かな」

前書きに「草庵の会」とある。
ネットで調べると、「草庵の会」とは、伊勢・船江町の大江(たいこう)寺境内にあった二条軒(二畳軒・二乗軒)とのこと。

この句の初案は「藪椿(やぶつばき)門(かど)は葎(むぐら)の若葉かな」であったらしい。

「笈の小文」では以下の句。

いも植えて門(かど)は葎(むぐら)の若葉かな
松尾芭蕉

葎(むぐら)とは、密生して藪をつくる草。
人が訪れず、荒れ果てた様子がイメージされる草であるようだ。

そのムグラの若葉が生い茂っている様が、芭蕉には気に入っているようでもある。

「いも植えて門は葎の若葉かな」は、前回の「梅の木に猶やどり木や梅の花」のイメージとは大違い。
サロンの挨拶句としての「おべんちゃら」的な要素は見当たらず、一般になじみやすい句になっていると思う。

初案の句と比較すると、「薮椿門は云々」の方が色彩的な広がりが感じらる。
ただ、「薮椿」と「葎」が登場するとちょっとくどい感じがする。
濃厚な草いきれに、むせそうなイメージである。

それに対して「いも植えて云々」は生活感が漂っている。
やはり、「葎」とくれば「いも」でしょう。

つるを伸ばして繁茂するカナムグラ。

上の写真は、仕事場の事務所裏の空き地に生い茂っている野草。
中央の、葉が5裂しているつる性の草が、「葎」の仲間であるカナムグラ。
もしこのカナムグラが「門」の近くに繁茂していたのなら、かなり荒れた屋敷のように見える。

荒れてはいても、「いも植えて」とくれば、生活の活力や活気が感じられる。
芭蕉は、廃墟に対しては哀しみを覚えるが、ワイルド感のある生活に対しては好感を抱いているのではあるまいか。
もっとも、これは私の思い過ごしかもしれないが。

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