雪かきは雪国の人々の埋葬行為を暗示

今日は、冬型が緩んで久しぶりに穏やかな冬の日です。

昨夜の降雪はありませんでしたが、今朝も朝早くから雪かたづけをする人の姿が見かけられました。

早朝、黙々と家の敷地の雪をかたづけています。

近くに公園とか空き地とか、雪を捨てる場所のある人は、スノーダンプに雪を積んで押して運んでいます。

スノーダンプから雪を捨てるとき、頭が下がって姿勢が前かがみになり、祈るような格好でスノーダンプを押しているように見えます。

雪かきは、雪の埋葬行為であるとともに自身の埋葬行為でもあるのかも知れません。

雪国の人々は、雪の中で育ち、雪の中に死んで行くのです。
雪の中に死んで行く覚悟を持って、雪の中で生きていると言えるでしょう。

雪国には、人に頼るのを嫌う人々がいます。
自分の事は自分で始末をつける、という信念で生きてきた人達がいます。

雪国で一人暮らしをしている老人は、そういう信念が無いと生きていけません。

そういう老人が、アパートの通路の雪かきをしている。

春がくれば雪が溶けて消えるように、いつかは自身も消えてなくなる。
そういうイメージを持って雪かきを繰り返しているのではないでしょうか。

雪をかたづけながら、自身をかたづけている。
雪を運びながら自身の生を運び、そして埋葬する。

えんえんと繰り返される雪かきは、雪国の生活者の埋葬を暗示しているように思えます。

それは自身の死を遠見した生の繰り返しです。
日常生活もそのようにあるのですが、雪かきは日常から切り離した儀式のように見えます。

毎日降り続く雪を、毎日葬る。
それは、生の連続を、苦行を通して生をネガティブに念じる行為と似ています。

雪かきと言う、ある意味苦行である行為を通して自身を葬り、また新しく生まれ変わって、雪にのぞむ。

自然に望み、自然に挑む。

雪かきは、雪国の人々の、自身の埋葬行為を暗示しているように想えます。

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