なぜ古い木造家屋が好きなのか

昨日の記事に引き続き、木造家屋の話題です。

なぜ私はこうも、古い和風の木造家屋が好きなのか。

それは、木材の持っている自然な優しさや素朴さにひかれるからです。

また、そういうものがたくさんあった、自分たちの子供の頃が懐かしいのだと思います。

街を歩いていて古い木造家屋に興味を持つのは、そのとき私の脳裏で、過去に向かって哀愁列車を走らせているからなのでしょう。

私は街の木造住宅の見物者であると同時に、哀愁列車の乗客でもあるのです。

私が、目の前の木造家屋の2階の窓や縁側に感情移入すればするほど、哀愁列車は過去に向かってスピードをあげるのです。

私の目の前には一軒の古い木造住宅があるのですが、哀愁列車の窓からは様々な哀愁風景が見えます。

小学校の木造校舎へ続く砂利道や、田圃の畦道の端にたっている大きな柳の木。

山の向こうに沈む夕陽、真夜中の星空。

荒涼とした雪景色。

村人の葬列。

昔を懐かしむのは、過去を美化や礼賛しているわけではありません。

過去の哀愁風景を通して、その向こうにある現在を眺め、現在の目で過去の風景と時間を見ているのです。

そういう風に、現在から過去へ過去から現在へと視線をクロスさせて楽しんでいるのです。

私が見かけて、私の気に入った古い木造家屋は、そういう場を形作ってくれるから好きなのです。

私が古い木造家屋を好きなのは、木造家屋が持っている独特の生活空間や生活時間の広がりを感じるからです。

そういう空間は、今の時代から取り残されたようにそこにあるのではなく、今もなお永続的に続く過去の現在として、あるべくしてあるのだと思います。

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