2012/02/22

雪に対する接し方

雪国で暮らす人達の中には、雪は厄介モノ以外のナニモノでもないと思っている人達が少なからずいらっしゃいます。

その理由として下記の内容が上げられます。
●雪の上は歩きにくい。
●スリップ事故や視界不良などで、雪は交通事故を多発させる。
●積もった雪に閉じ込められて、行動力が奪われる。
●雪で道路が狭まるため、交通渋滞が起りやすく、経済活動が不活発になる。
●積雪で駐車場が狭くなるために、店の売上が減る。
●積雪の重みで、建物が損壊しやすくなる。
●雪片付けに労力がかかり、疲労が蓄積する。
●自動車のタイヤや除雪道具の購入などで経費がかかる。
●隣近所との雪片付けのトラブルが発生する。
●その他、いろいろな雪害が嫌だ。

こうやって項目を羅列すると、たしかに厄介モノのようであります。

しかし雪は、地震や台風、洪水と違って災害ではありません。
一定の期間、その土地・地域に付属する自然現象です。

その土地の住人は、先祖代々、その自然現象である雪と共生してきたのです。
共生する中で、いろいろな生活様式、生活道具、生活文化、生活方法が生まれ育っています。

雪に閉ざされた地域の共同体意識も、それらの生活文化と共に育ってきたと思います。
現在では、機械文明の発展とともに、その共同体意識の濃度も薄れつつあります。

地域内での協力関係も疎んじられ、近隣の人に頼むよりも、機械の力や商業サービスに依頼した方が、気持ち的に快適な時代環境になってきています。

人間の知恵が雪と共生していた時代が終わり、機械文明が雪を排除する時代に。
こうなると、雪は、地域共同体を包み込むバリアー(防壁)としての役割を失うことになります。
雪は、共同体の生活文化とは相対するような、個人の生活スタイルを阻害するものとして把握されるようになったのです。
交通機関や流通業の発展を阻害するものとして、雪は大掛かりに排除される対象に変わりました。

雪を疎み排除する事で、私達は古人よりも、雪に対する知識を持たない存在になりつつあるように思います。
機械文明を動員して雪との「交友」を絶つという方法のなかで、私達は雪の恐ろしさや、雪の恩恵を見出せなくなっているのかも知れません。

それは、自然現象全体に対して言える事かも知れません。

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