塩で清める

田舎の実家の売却に伴って、実家の座敷に設置してある神棚を処分しなければならない。

今日は実家の最後の掃除と後かたづけを予定していたので、神棚を外して現在住んでいる家に持って帰った。

神棚は近くの神社へ持参して「お焚きあげ」してもらうつもりであることは、以前書いた

ついでに、床の間にあった人形も「お焚きあげ」してもらおうと、神棚と一緒の段ボール箱に入れた。

その人形には独特の雰囲気があって、ゴミ同然に捨てるのをためらう気分になったからだ。

神棚の下の「もの入れ」に入っていた掛け軸なども同じ段ボールに入れて、その上に塩をまいてから神社に持って行った。

塩をまいたのは、以前、電話で神社に問い合わせた際に、巫女さんが「神棚のなかの燃えない金属のものなどは塩で清めてから市の燃えないゴミに出して下さい。」と言っていたからだ。

その神社で受け取ってくれるかどうか、私では判断出来ないもの(人形など)があったので、段ボールの中に丸ごと、塩をまいたのである。

その段ボールを神社の事務所(社務所)に持参したら、白装束の関係者(神職)が、箱の中を覗いて「私どもでお祓いするので塩は要らないのに・・・、あれ、塩をまいてしまったのか・・」と、さも重大な過ちを咎めるような口調で、私に言った。

「あ、そうなんですか、知らなかったもので、じゃこれはお焚きあげしてもらえないんですか?」といささかむっとして、私。

「いや、私どもの方でちゃんとお祓いしますので、塩で清めなくてもいいんですよ。」と神職。

結局、神棚一式とお札などは受け取るが、人形は「お焚きあげ」できないとのこと。

段ボール箱の中に入れた古い数珠は、お寺の関係であるから、お寺へ持って行って下さいとのこと。

などなど・・・・。

電話で問い合わせた「お焚きあげ料金」を、「気持ち程度」として2000円置いて神社を出たのだった。

神社を出てしばらくしてから気がついたのだが、あの神職達(2名)は私に対して札に名前を書けと言わなかった。

別の神社での話だが、正月飾りなどの「お焚きあげ」の際は、札に持ち主の名前を記入して、その札と一緒に正月飾りを焚き上げるものである。

その神社は、神棚を持って行った神社よりも遠いので、今回は近い方に持っていたのだった。

と、考えているうちに、「塩で清める」というのも変な具合だと思った。

神棚の何を清める必要があるのだろう。

私が塩をまいたのは、神棚に塩をまいて、神棚に清いものを捧げるような、そういう漠然としたニュアンスからだった。

私は漠然とした出来心で、神棚に塩をまいたのだが、決して汚れを清めるという意味合いではない。

むしろ汚れた人の手の俗を、清めてはらうというようなイメージを、私は塩をまくという行為に対して抱いている。

そう言えば、葬儀の帰りの「お清めの塩」というのも変な感じだ。

まるで、葬儀に参列したために被った汚れを塩で清めるという意味合いにとれる。

これは死者に対して失礼なのではないか。

葬儀に参列する前に、自身の汚れを塩で清めてから、死者と向き合うべきではないのか。

などと、神に対しても仏に対しても無知な私だから、考えの整理がつかないでいる。


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