夏枯れという言い習わしの言葉のイメージ

夏の枯れ草
夏枯れ?


「夏枯れ」という言い方がある。
この言い方は、ずっと昔よりあったようだから、「夏枯れ」とは言い習わしのようなものかも知れない。

「言い習わし」とは、昔から世間一般においてはこういうものだと言い伝えられてきた「言葉(文句)」のことであり、その言葉によって習得する「事実」のことと、私は思っている。

「言い習わし」は、いつの間にか日常生活のお約束事のようになって、私たちの暮らしのなかに根付いているようだ。

例えば、カラスが異様な鳴き方をすると悪い事が起こるとか。
カラスがその家の屋根で、普段とは違う「声」で恐ろしげに鳴くと、その家に不幸が訪れる、とか。

カラスは、ただ自身の縄張りを主張して、あるいは自身の縄張りの守備に危機感を抱いて、周囲に対して威嚇しているだけかも知れないのに・・・。

真っ黒なカラスが異様な鳴き方をする図に私たち(私たちの祖先)は不吉なイメージを抱いた事から、そういう「言い習わし」が生じ、その「言い習わし」によって私たちの生活の行動がちょっと支配されているのだろう。

「夏枯れ」とは、草や畑の野菜などが夏の熱気のために生気の無い姿を見せることである。
活気が無くて枯れ死んでいくような不吉なイメージだから、商店や飲食店などの客足が減って不景気になるという「言い習わし」を成立させているように見える。

しかし、その土地の夏祭りやお盆の時期のスーパーや飲食店の混みようは相当なものだと感じられる。
繁盛しているところは繁盛しているのだ。

日常生活のなかから、いろいろなヒントを見つけ、方法を編み出し、商売の繁盛と言う結果に辿り着く。
工夫と方法こそが商売の原動力だから、商売に「夏枯れ」も「冬枯れ」も無いと思う。

植物の元気が無くなる「夏枯れ」は、人間の夏負けにもイメージ的につながるところがあるから、「夏枯れ」イコール不景気なのだろう。

どうやら、「言い習わし」を支えているのは、ちょっと極端なイメージのような気がする。

私たちの素朴な「お約束事」は、共通のイメージに支配された「言い習わし」に因るところが大きいのではないか。

夏枯れという言い習わしのイメージを反転させることに、夏の商売繁盛のヒントや方法がありそうだと言える。

という事は、「夏枯れ」という言い習わしこそが夏場の商売の重要なヒントになるということだ。

私たちのご先祖様は「言い習わし」の中に、その事態を切り抜けるヒントや方法を潜ませて、私たちに工夫する契機を与えているのかも知れない。

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