昔流行った「カタカナコトバ」ルサンチマン

デジャブのような風景は、絶えず、過去から未来へ彷徨っているように見える。
「ルサンチマン」という日本の「お笑いコンビ(漫才師)」がいるのを、つい最近知った。
つい最近知った程度であるから、私は「ルサンチマン」というお笑いコンビを、見たことも聞いたことも無い。

「ルサンチマン」という、その芸名の由来についても、全く知らない。
知っているのは、「ルサンチマン」という言葉は昔流行った言葉ではないかしら、ということ。
そして、当の私にも、よく意味を理解しないまま、その哲学用語っぽい「発音の響き」に新鮮味を感じて機会があればしゃべっていたような記憶がある。

「その発想は、権力者に対するルサンチマンに引きずられ過ぎていて本質的では無い。」
などとというような、もう訳が解らないわけで・・・・。
議論において相手を説得する修辞技法は、比喩をうまく使ってイメージの伝達を図ることだというひとつの方法があるらしい。

むかし、「レトリックの時代(渡部昇一氏著)」という本で読んだことがある。
だが、私の周囲では、比喩よりも「哲学用語っぽい言葉の響き」に頼っていたようだ。
その「カタカナコトバ」を自身が使うと、相手に賢そうな印象を与え、なおかつ自身も賢いレベルに手が届きそうな気がしてくる。

日本語の古い難解な漢字熟語よりも、「カタカナコトバ」のほうが新鮮で使いやすく、伝達もストレートであるような感覚があった。
私にとっては、レトリックよりも「フィーリングの時代」だった。

学生時代の私たちの「話し合い」には多くの「カタカナコトバ」が飛び出した。
あの頃、平易な言葉で「私たちが置かれた状況」について語っていた人もいたようだが・・・。

そんなこんな思い出してしまう。
昔流行った「カタカナコトバ」を耳にすると、昔流行った「歌曲」を聴いたときのような感傷が湧いてくる。
「カタカナコトバ」も「流行歌曲」も記憶風景の「現在への帰還」のための「呼び水」みたいな物かも知れない。
その「特別」な言葉を使っていた、その当時の「特別」な生活が思い出されて懐かしいやら恥ずかしいやら・・・・。

ルサンチマンをgoo辞書で調べると「強者に対する弱者の憎悪や復讐(ふくしゅう)衝動などの感情が内攻的に屈折している状態。」だそうである。

ううむ、なにやら、そうであったか・・・・。

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