桜の気配は命の気配

桜の花芽
ソメイヨシノの花芽。
このところ割と暖かい日が続いているので、桜のつぼみも膨らみ始めている。
以前と比べて、芽の先端が若草色っぽくなってきた。
この間見た時は、花芽はまだ「鱗」に被われていて、先端が尖っていたが、今は丸く膨らんでいる。
内部の生命力に押されて、花芽の先が柔らかくなり、その柔らかさが外の世界と接している。

「鱗」で防御されて内にこもっていた冬芽の力が、柔和に外界と触れつつある。
成長するということは、力が柔和になるということなのだろう。
殻にこもって孤立していた時期を終えて、冬芽が柔らかく外へ開きかける。

やがて柔和な花が開き、虫や小鳥が集まり、人の目が集まる。
成長とはいろいろなものを引き寄せる事だと、桜の木が示しているようである。

感受性が豊かで、好奇心や探究心が旺盛。
その心の働きによって獲得した知識が豊富で、その知識に支えられた柔和な表現力がいろいろなものを引き寄せる。
一年毎の繰り返しで、木は大きく育っていく。
繰り返すということは、育つということ。
大きな桜の木には、人間の、質朴で牧歌的な「成長観」を感じる。
桜の木だけではなく、全ての樹木は、人の成長の「例え」になる。

公園を散歩していると、何かの気配を感じることがある。
振り向くと桜の花芽が膨らみかけて。
まるで、精一杯気配を放っているようである。
それは、存在の証。

わたしは今年も花を咲かせる。
わたしは年輪を重ねた。
わたしの命はここにある。

気がつけば私は、佇立する命の隙間を散歩しているのだった。
歳をとると命の気配に敏感になる。
私も、桜も。
桜の老木も、私の気配を感じとっているのだろうか。

桜の気配が、人の成長を促す。
人の老成を促す。
桜の花の時期は、人の様々な成長の季節でもある。

桜の花芽
膨らみかけた花芽。

スポンサードリンク