冬を乗り越えた雪囲い集落の日常

雪囲いの集落
雪囲い集落。


公園の残雪も少しずつ減って、雪囲い集落に春が来た。

後は、解体を待つばかりの静かな雪囲い集落。

今年も大量の雪が積もったのに、雪囲いの板は無傷である。

冬の最中に何度か、雪囲いの「雪下ろし」があったにしても、釘を打った箇所の板割れが見当たらないのは、やはりプロの仕事のせいなのだろう。

地味な仕事にコツコツと体を動かしている多くの人たちが、平穏な公園の日常を支えている。

雪囲いの板は大事に仕舞っておかれて、今年の冬の初めに、また利用される。

ものを大事に扱う気持ちが、写真の雪囲いに込められているのだ。

そういう気持ちに囲まれて、公園の植栽が美しく育っていくのだろう。

そういう方法で、公園の日常が優しく整えられていく。

公園と言う場所は、そういう「気」に包まれていなければならない。

人々が安らぎを求めに訪れる公園だから、優しさに満ちていなければならない。

冬を越えた雪囲い集落を見て、人々はほっとする。

今年も春が来た。


しかし、いろいろな事件は、季節の到来やムードとは無関係に起こる。

穏やかな季節の到来は、天体のサイクルに過ぎない。

カレンダーの数値は、一面では、虚しい数字の羅列である。

やがて勃発するかも知れない権力間の衝突は、私たちの平凡なカレンダーには記されていない。

この公園から世界を見ることは出来ないが、平穏を脅かす視線が、日常のあらゆる場所に注がれている。

それがやっかいな事かどうかは別として、世界の日常は、私たちの日常とつながっているのだ。

戦争や疫病の流行や自然災害、巨大事故。

それら、世界で日常的に起こっている事は、この穏やかな公園でも起こり得る。

冬を乗り越えた雪囲い集落の日常は、春の陽気を浴びて穏やかだ。

冬を乗り越えた植栽の芽が、予期できない日常の進行に合わせて、蕾を開きかけている。


板囲い式の雪囲い
造作に破損箇所は見当たらない。こちらは落葉樹のドウダンツツジ。

本格的な雪融けを待っている雪囲い
建てたときと変わらない姿の雪囲い。こちらは常緑樹のツゲ。

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