下向きに咲くエゴノキの花を見て「ひたむき」という言葉を思い出した

エゴノキの花
下向きに咲くエゴノキの白い花。
長い間、その言葉から離れていたので、その言葉とは縁が遠くなってしまっていた。

「ひたむき」というのが、その言葉のこと。

下向きに花開くエゴノキの白い花を眺めていたら、「ひたむき」という言葉を思い出した。

私のダジャレアンテナが、働いたのだ。

「ひたむき」、ちょっと耳慣れない響きだけれど、そういう言葉があったっけかな。

言葉の意味に行き当たらないと、言葉の音だけが虚しく頭の中に響く。

そうして、ぼんやりしていたものが、だんだんと姿を現す。

「ひた」のつく言葉が、次々と頭に湧いて出た。

「ひたすら」とか「ひたはしる」とか「ひたあやまり」とか「ひたかくし」とか・・・。


「ひたむき」に漢字をあてると、「直向き」となるらしい。

「ひたむき」とは、一生懸命にとか、一途にとか、わき目もふらずにというような意味合いで使われている。

愚直にとか、がむしゃらにとかいう意味で使われることもある。

「ひたむきに進む」とはわき目もふらずにまっしぐらに進むということだろう。

今では、ちょっと危ない動作である。

周囲に注意をはらいながら進むのが、事故防止の側面から見ても安全な行き方だ。

いろいろなものを観察しながらのんびりと進めば、見聞も広がり、発見もある。

それらはアイデアを生み出す力を支えるから、生産性につながるかも知れない。

「ひたむき」という言葉は、純粋さという飾りがついて回るので、好感をもたれがちである。

ひたむきな行動が好結果を生み出せば、世間から絶賛される。

やはり「ひたむき」でないといけない、と語り継がれる。

ひたむきに突っ走って失敗すれば、非難と嘲笑の的。

人は、いろいろなものに関心をもって、キョロキョロよそ見しながら生きていると、「ひたむき」という言葉を忘れてしまう。

視野を広げようとか、視点を変えて物事に接しようとか、先入観に囚われないようにしようとか、そんな思考の努力が「ひたむき」という方法を排除してしまうのかも知れない。


エゴノキの花は、枝から吊り下がっているような形状なので、すべて下向きに咲く。

こういう咲き方も興味深い。

こういう咲き方でも虫は集まる。

エゴノキは、花期が終わると、花に変わって丸い実がぶら下がる。

エゴノキの葉はひたむきに天を仰ぎ、花や果実は下向きにぶら下がる。


ひたむきさと柔軟さをうまくコントロールして生きることが大事なのかも・・・。

エゴノキの清楚な花
伸ばした枝の下は、白い花だらけ。
エゴノキの花
下から見上げると、葉が花に隠れている有り様。

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