2013/09/04

「有りの実」は梨

梨
豊水という梨。
「着の身着のまま」という言葉がある。

辞書で調べると「いま着ている着物以外は何も持っていないこと。」とある。

『夜中に目が覚めたら家の中が燃えていたので「着の身着のまま」で家の外へ飛び出した。』なんていう使い方をする。

「着の身着のまま」は、そういう慌てふためいた状況を表現している言葉だが、比喩ではない。

文字通り「着の身着のまま」の着衣の様子を言っているのだ。

よく「着たきりスズメ」と意味を混同して使う人もいるようだ。

「着たきりスズメ」は、「舌切り雀」の語呂合わせで、半ば比喩的な言い回しである。


「着たきりスズメ」同様、「着の身着のまま」を文字って、「木の実木のまま」としゃれている人もいるらしい。

「木の実木のまま」に特別深い意味は無い。

「採れたての木の実」ぐらいのイメージだろうか。


その木の実に梨がある。

「梨」は「なし」と読み「無し」を連想させるから縁起が悪い。

そこで、「梨」を「有りの実」と呼んで、イメージをマイナス志向からプラス志向に向ける。

「無し」よりは「有り」の方が、元気があって明るくて前向きで良いということ。

こういう言葉の使い方を「忌み詞(いみことば)」と言うらしい。

「すり鉢」の「すり」は、「擦る(する)」というお金などを使い果たす意味に通じるから、「すり鉢」を「あたり鉢」と言ったり。

植物の「葦(あし)」は良し悪しの「悪し」につながるから、「葦(あし)」を「ヨシ(良し)」と言い換えたり。

探せば、いろいろ出てきそうだ。

「梨」を「有りの実」と言い換える類いの方法は、悪いイメージを良いイメージに転換させようとする知恵。

逆転の発想とも言えるのでは。

根底には、「物は言いよう」という「言葉信仰」のようなものがあるのかも知れない。

言葉は口に出すと実現してしまう、という畏れ。

「塩(しお)」の「し」は「死」につながるから、「塩」を「波の花」と華やかに言い換えたり。


物事は言い方ひとつで良いようになる。

「着の身着のまま」では大変な状況だが。

「木の実木のまま」は、なんとなくシャレていて奇麗な感じ。

「梨」が「有りの実」とくれば有り難い。

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