2013/11/24

平沢林道の隠れ家的風景

カラマツが黄葉した山に陽が差し込む。
 今日の午後遅く、滝沢地区の 平沢林道を散歩。

平沢林道のある谷は、文字通り沢筋の谷が開けていて平地部分が広い。


仕事が詰まっていて、日曜日だが仕事。

そんな時の気分転換の散歩に、平沢林道は、私にとって最適。

クルマで20分ぐらいの距離だから、近いので来やすい。

平地の林道歩きだから、山歩きの準備をする手間がいらない。

広い谷の平原から眺める山の景色が良い。

晩秋の夕暮れ時は、夕陽が、大毛無山方面を照らしながら、折紙山方面へ沈んで行く。

この「折紙山山塊」と「大毛無山山塊」の 対比が「陰と陽」じみていて面白い。

ここに集落でもあれば、まるでここは谷間の「隠れ里」 。

だが、ここにあるのは狸の巣とか熊の糞とか。

どちらかと言うと、狸や熊の散歩道かも知れない。


平沢林道を訪れる人は少ない。

ひっそりとしていて、自然公園に見られる「公共的な賑わい」は皆無だ。

もちろんここは、自然公園でもなんでもないから、平沢林道を散歩道や遊歩道として散策するハイカーはいない。

おそらく、一般にはあまり知られていない風景だが、ちょくちょくやってくる私にとっては、なじみ深い景色。

その「私的」なところが、ちょっと隠れ家的。

この谷間の、「家なき里景色」が私の隠れ里だ、と思うと、この風景に対する親密度がアップする。

隠れ里と言っても、それは隠れ家的であるという風景にとどまる。

この風景を眺める行為が「隠れ家的」であるという感慨。

この風景の中に、ちょっと「心」を「仮住まい」させたいという気分。

それが、人知れずたたずむ、平沢林道の「隠れ家的風景」である。

昔の漂白の小説家は、故郷は「うらぶれて異土の乞食となるとても/帰るところにあるまじや」と詩に書いたが、「隠れ家的風景」へなら、いつでも心を寄せることが出来る。

そういう存在感が、平沢林道の風景に漂っている。


開けた谷から、大毛無山方向を眺める。

振り返って、折紙山方向の雪を被った尾根。

雪尾根のアップ。

平沢林道は進むに従って、谷が狭まる。

折紙山方向の尾根の残照。

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