もうひとつの「伝説のチョコレート」

(恐れ入りますが、お食事前の方や、食事中の方は、お読みにならない方が良いでしょう。)

バレンタインデー用ハート型チョコレート
バレンタインチョコレート。
「チョコレートの思い出って、ある?」と問われれば、「ある!」と答える人は少なく無いだろう。

たいていは、バレンタインデーに関連した、美しい思い出話が多いのだろうが・・・。

私の場合は、「虫下し用板チョコ」の思い出。

「虫下し」とは、体内に寄生する寄生虫を、排便とともに対外に排出すること。

おもにカイチュウの駆除を目的に、「虫下し用板チョコ」が登場した。

体内にカイチュウを「保持育生」している人が、「虫下し用板チョコ」を食べて、寄生虫を体外に排出する。

私が小学生だった昭和30年代では、田園地帯に暮らす児童の大部分が寄生虫に感染していた。

感染は、学校で定期的に行われる検便で判明する。

昭和30年代の津軽地方では、自家消費用の野菜作りに人糞を肥料として使用していた農家が多かった。

これが、寄生虫が蔓延した原因である。

しだいに化学肥料が普及するようになって、カイチュウの感染は大幅に減った。

私はその板チョコの名前を「サントニン」と記憶していたが、「サントニン」とは駆虫薬の名前で、「虫下し用板チョコ」の薬品名では無いらしい。

ネットで調べてみると、「虫下し用板チョコ」の正式名は「アンテルミンチョコレート」というそうだ。

「アンテルミン」という名前は、全く記憶にない。

あのチョコレートのような味をしていて、食べると、視界に黄色のフェルタをかけられたようになった薬の名前は、「サントニン」としか覚えていない。


それはさておき、現代ではもう、「虫下し用板チョコ」も、人体に寄生するカイチュウも、伝説になりつつある。

あれは果たして本物のチョコレートであったのか、それともチョコレート擬きであったのか。

いずれにしても、今風の、美しくラッピングされたバレンタインチョコレートとは、比ぶべくも無い。


世の中には、「伝説のチョコレート」というものがあるらしい。

それは、地中海のシチリア島の美しい町モディカに伝わるチョコレート。

独特の製法で作られた特徴あるチョコレートは「モディカチョコレート」と 呼ばれている。

伝説のチョコレート、モディカチョコレートの作り方は、マヤ文明の時代から伝わる製法であるという。

今年も、華やかなバレンタインデーで、「モディカチョコレート」がもてはやされることだろう。

「モディカチョコレート」を介して、様々な愛が語られることだろう。


では、先にあげた「虫下し用板チョコ」の、「伝説」はどうであろう。

「虫下し用板チョコ」は、華麗さを誇る表社会のチョコレートに対して、裏社会的である感を免れ得ない。

その当時は、今よりもかなり高級品であったチョコレートを、「低級な衛生環境」に原因する寄生虫の、駆除に利用したのだ。

チョコレートは美味しくて、社会の高級層につながる夢の食べ物。

それを駆虫薬の普及に利用した。

つまり、表社会の正統性(高級チョコレート)を、裏社会に持ち込んだのが「虫下し用板チョコ」である。

そして、化学肥料の普及とともに駆逐された寄生虫の、劇的な減少は 、同時に、「虫下し用板チョコ」を駆逐したのである。

今、カイチュウのいない世界で、華麗にバレンタインデーを楽しむ人々は、いつのまにか「虫下し用板チョコ」の存在を忘れてしまった。

名前さえ忘れ去られて、「虫下し用板チョコ」は、遠い伝説の世界に追いやられてしまったのだ。

もうひとつのチョコレートの伝説は、こうして作られた。

「人糞肥料」が不要になったおかげで虫が駆逐され。

それに伴って、「虫下し用板チョコ」が駆逐される。


自身が否定したものに、自身の存在を否定される。

製作者にしては、意図に反した結果のパラドックス?な伝説。


これが、もうひとつの「伝説のチョコレート」の「製法」かもしれない。

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