家路を急ぐ旅人に初ざくらの出迎え
春に入ったとはいえ、北国では、まだ寒い日が続いている。
その北国から延びている街道を南へ向けて下る旅人。
冬の名残の寒さに追われるように、家路に向かって足を急がせている。
担いでいる大きな荷物には、冬物の衣類などが入っているのだろう。
よっぽど北の方を旅して来たに違いない。
寒いところでの仕事を終えて安堵した表情には、早く家族の顔を見たいという気持ちも混じっているようだ。
道端には、瑠璃色のオオイヌノフグリやナズナの白い花が咲いている。
それらの可憐な花が、冬から解放された旅人の心をなぐさめる。
里は、もう、春の花の季節なのだ。
南に帰って来ても寒い風が吹いているが、北国で感じたほどの寒さでは無い。
旅人は街道に沿って流れる川の方へ目を移した。
春の陽光を浴びて川波がキラキラ光っている。
その岸辺には、柳の新緑が風に揺れ、川原の葦も若芽を伸ばし、どこからともなく水鳥のさえずりが聞こえる。
目の前の風景の、草花や木々が自分の帰還を歓迎しているように思われ、旅人は、ますます足を速めた。
心が躍るようだった。
初ざくらの出迎え。 |
春の花に出会う度に幸福感が身体に湧き上がる。
疲れているはずの足も、思いなしか軽い。
と、彼は道の途中に一本の桜の木を見つけた。
その幹からこぼれ落ちるように桜の花が開いている。
空に張り出した枝は、まだ蕾のままなのだが。
旅人は、桜の木の黒い幹から浮き出たような桜の花を見つめた。
「ああ、桜が咲いている・・・・」
なぜか涙が出てきた。
鼻水も、ちょっぴり垂れた。
旅人の鼻まだ寒し初ざくら
与謝蕪村
<関連記事>
蕪村しみじみ