花の力が名前(言葉)をつくり、歌をつくる(ハルジョオン・ヒメジョオン)

ヒメジョオン。
この前、事務所の裏の空地について書いた時、ヒメジョオンのことにも、少し触れた。
そのとき、ちょっと思い出したことがあった。
たしか、松任谷由美さんの曲にヒメジョオンの歌があったなぁ、と。

調べてみたら、この曲の題名は「ハルジョオン・ヒメジョオン」だった。
結婚後、いままでの荒井由美から、松任谷由美という名前で出した最初のアルバムが「紅雀」。
「ハルジョオン・ヒメジオョン」は「紅雀」のSide A、2曲目に収録されている。

「ハルジョオン・ヒメジョオン」は「川向こうの町から宵闇が来る 」という落ち着いた歌い出しで始まる。
曲の歌詞から思い浮かぶ風景は、土手の下の、草原になっている河川敷。
時刻は夕暮れ。
「ヒメジョオンに埋もれて くちづけをした」というふうに、花の名前が出てくる。
曲の歌詞のなかにハルジョオン(ハルジオン)の花は出てこない。
ハルジョオン(ハルジオン)の花は曲の題名にだけ使われている。

「ハルジョオン・ヒメジョオン」という題名は、リフレインのような効果を発揮して、楽しい雰囲気を作り出しているように思う。
題名が「ヒメジョオン」だけよりも、「ハルジョオン・ヒメジョオン」と続けた方がナイスでカッチョイイというのが松任谷由美さんのセンスなのだろう。

花が一面に群生している様子が、「ハルジョオン・ヒメジョオン」というリフレインから伝わってくる。
野の花が一斉に咲いている様は、ちょっとした「美風景」だ。
 その「美風景」が 「哀しいほど紅く 夕陽は熟れてゆくの」とか「私だけが変わり みんなそのまま」とかの歌詞をつくっているように思う。

ヨシからブロック塀で隔てられた場所に咲いているヒメジョオン。
ハルジオンとヒメジョオンは、どちらもキク科ムカシヨモギ属の植物で、よく似ている。
とてもよく似ているのだが、一般に言われているほど、見分けるのに難しくはない。

ヒメジョオンは、ハルジオンと同様、道端で普通によく見かける野草だ。
園芸植物よりも雑草と呼ばれている植物である。
こんなありふれた雑草に、人々はあまり興味を抱かない。

でも、松任谷由美さんの視点は、ヒメジョオンという語音の響きと、素朴な花の群生に向けられた。
あたかも「私だけが変わり みんなそのまま」という歌詞が、松任谷由美さんの「ものの見方」を暗示しているように。

「ヒメジョオン」という花の名前(言葉)が持っている異国風な「韻律」と「語音」、そしてヒメジョオンの花の咲き様が、松任谷由美さんに働きかけて、この歌が生まれた、とも言えるのではと思っている。
花の力が彼女を動かして、彼女に歌を作らせたのだ。

もっと細かく言うと、こういうふうに言えるかもしれない。
(1)花は、ある力のおかげで咲いた。
(2)花を咲かせた力が、人間を動かして、花の名前(言葉)を作らせた。
(3)それによって生まれた花の名前(言葉)は、「韻律」と「語音」という力を持った。
(4)その「韻律」と「語音」の力が、イメージ豊かな人物に働きかけて、花の名前の歌を作った。

歌は、それを聴く人達のイメージを広げ、そのイメージがヒメジョオンの花を何度も現出させる。
歌の世界のカリスマ的な存在である松任谷由美さんが 、「ハルジョオン・ヒメジョオン」を歌い出してからは、「ヒメジョオン」は道端のありふれた雑草では無くなった。
「ほら、あれがヒメジョオンよ」と人々から関心を持たれる花になったのだ。

◆今まで書いた記事一覧(この文字をクリックすると展開します。)

もっと見る

スポンサードリンク