八戸市・是川遺跡と風張遺跡の縄文土器を展示している是川縄文館(その1)

是川縄文館。



六戸町熊野神社見物の後は、八戸市にある是川(これかわ)遺跡に向かった。
是川遺跡は、八戸市南東部の台地に広がる縄文時代の遺跡。
その時代区分は、前期から中期、晩期と言われている。

八戸市内に流れ込む新田川に沿った地域に、東京ドーム7個分の面積を持って広がる3つの遺跡の総称が「是川遺跡」。
3つの遺跡とは、縄文時代晩期の中居(なかい)遺跡、前期・中期の一王寺(いちおうじ)遺跡、中期の堀田(ほった)遺跡。

是川縄文館へ行くには、八戸市街から国道340号線を南に下り、案内標識に従って進むとわかりやすい。
2011年7月に八戸市埋蔵文化財センターとして、新築会館。
まだ、ピカピカに新しい。

展示室は整然としていて、落ち着いた雰囲気。
ゆったりと展示物を見学できる。
各発掘遺物は、ガラスケースの中に納められていて、簡単な説明を記したプレートが添えられている。
展示室内の照明が暗いのは、漆器の退色を防ぐためなのだろう。
写真撮影は許可されているが、ストロボを用いるのは禁止。



木胎漆器。



漆塗り注口土器。



是川遺跡発掘の経緯は、八戸市のウェブサイト、是川遺跡のページに書かれている。
以下は、その説明の抜粋。
是川遺跡は、大正~昭和の初めにかけて地元の泉山岩次郎(いずみやまいわじろう)氏と義弟の斐次郎(あやじろう)氏によって発掘が行われ、出土品のすば らしさから全国的にも注目を集めることになりました。5千点を超える遺物(いぶつ)は、泉山両氏の手で大切に守られ、散逸することなく是川の地に残されて きました。この遺跡を「縄文の里」として整備するため、平成11年度から発掘調査が行われ、多くの成果が得られました。


漆塗り土器。



弓など。



展示された出土品のうち、縄文晩期の中居遺跡から出た美しい仕上がりの土器や土偶が素晴らしい。
精緻な造形や文様装飾などは、時代を超えて、説得力を持っているように思う。
謎めいていて、カッコ良くて、不思議に懐かしく、見ていて飽きないものばかりだ。

以前に見物した、つがる市木造(きづくり)の、亀ヶ岡遺跡の土器類は、江戸時代から乱掘され、出土品が方々に四散したという。
「亀ヶ岡もの」としてオランダまで輸出され、芸術品のように重宝されたと言われている。

是川中居遺跡の美しい出土品を眺めていると、早くから乱掘された亀ヶ岡遺跡の土器や土偶の運命が察せられる。



土器類。



土製耳飾り。



また、土器や土偶ばかりではなく、精巧なつくりの漆器類には驚かされる。
特に、木の器や籠などに赤い漆を塗ったもの、櫛や腕輪・耳飾りなどの装身具には目を見張るばかり。
是川中居遺跡の低湿地からは、色鮮やかな漆器が多数出土している。
漆工芸の複雑な工程(採取・精製・塗装・乾燥)を、縄文人はほぼ完成させていたとされている。

現代においては、飾ることは生活を楽しむこと。
古代では、生活用具に精緻な飾りをつけることに 、どんな意味や訳があったのだろう。

縄文土器や土偶・漆器との対話には特別な知識は要らない。
接する人の直感とセンスが、様々な対話を可能にしているように思う。



遮光器土偶。



土偶頭部。



土偶頭部。



土偶。



土偶。

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