六戸町熊野神社、鳥居の傍らの樹木

みそぎ橋
上北自動車道を出て、県道20号線を六戸町中心部へと走っていたら、犬落瀬柴山あたりに大きな神社があったので寄ってみた。
一般に、寺と神社を比較すると、神社の方が見物しやすいような気がするのは私だけだろうか。
多くの場合、お寺には厳めしい山門があり塀を巡らしてあったりして、どこか閉鎖的な雰囲気が漂っている。
それに比べて神社の鳥居は開放的。
神社は庶民的な感じだが、お寺は特権的だと感じている。
思い過ごしだろうか。

さて、この神社は熊野神社という。
鳥居の脇に大きな木が立っている。
枝振りが良くて、葉の密度も高い。
葉が複葉か単葉か、葉のふちに鋸歯(きょし)があったかなかったかは確認しなかった。
木肌が灰白色で滑らかであるのが印象的。
青森市近辺では、あまり見かけない樹木である。
社務所の方に尋ねれば、この木の名前を知ることができるだろうと思っていたが、あいにく社務所は閉まっていた。
鳥居の左側の大木は、「ヤマトアオダモ(オオトネリコ)」か。
石段の向こうにも鳥居。
鳥居の向こうに拝殿が見える。
青森県神社庁のサイトの熊野神社のページには以下の「由緒」が記されている(以下抜粋)。
  本神社は坂上田村磨蝦夷平定の勅命を奉じ陸奥の地へ下向、 此の地に滞在の際延暦二十三年、 住民をして一の堂宇を建立せしめ雌雄の鷹の羽にて作りし拝領の矢二本を伊弉諾伊弉册二神の御霊代として鎮祭し、 熊野大明神と称え奉り崇敬の古社なりしも、 明治五年神仏仕分の際手続の不備の為明治六年五月廃社となり、 明治十三年復社出願し同年八月九日無格社として聞届けられ、 昭和六年三月十九日村社に列せられる。
昭和六年八月神饌幣帛料供進の神社に指定される。
昭和二十一年宗教法人となり神社本庁に所属す。
昭和二十二年法律第五十三号に依り境内が国有地であったのを昭和二十五年一月三十一日付を以て神社有地に無償譲与される。
ご神木の杉。
案内看板。
立派な拝殿
屋根に千木と鰹木を設けた本殿。
もう一本の「ヤマトアオダモ」。
上の写真の、この木が、どうも気になる。
同じ境内にある舘野神社の鳥居の脇にもこの木が立っていて、こちらの方が大きいような様子。
そこで、樹木鑑定サイト「このきなんのき」の掲示板にて、写真添付で質問したら、どうやら「ヤマトアオダモ(オオトネリコ)」ではないかという意見が多かった。
ヤマトアオダモは青森県から九州にかけて分布する日本の固有種だという。
この木が「ヤマトアオダモ」だとすると、どういう謂われで鳥居の傍に立っているのか。
相当大きな木なので、樹齢はどのぐらいか。
しだいに興味が湧いてくる。

この神社の御神木は、上の写真の「御神木」という札のついた杉ということだが、この杉よりも「ヤマトアオダモ」の方が、見た感じ樹齢が高そうである。
熊野神社系での御神木は、マキ科ナギ属のナギという樹木。
六戸町の熊野神社は、御祭神がイザナギ命・イザナミ命であるので、いわゆる熊野神社系では無い。

神社には御祭神と御神木が存在する。
神社の境内には、様々な樹木が植栽されたり自生したりしている。
その樹木が、どんな理由で、そこに立っているのか。
神道では、巨木、巨石(磐座)、山などを御神体とすることもあり、それらを祭っている神社も多い。
境内の樹木を通してその神社を見るのも、ひとつの面白い視点かもしれない。
偶然立ち寄った六戸町の熊野神社で、そんな思いが湧いたのだった。

こちらの方が大木かもしれない。右側に舘野神社の鳥居が見える。
神社裏の広々とした舘野公園。奥に池があった。

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